双六岳

 8月に西伊豆での “シュノーケリング” を無事終え、「さぁ、次はいよいよ登山だ!」 と、その日が来るのを今か今かと待っていました。ところが例年にない長雨と台風で、なかなか日程が決まりません。10月になりようやく天候が安定し、12日~13日、かねてから予定していた  “双六岳” 登山に決定しました。

 “双六岳” は、長野県と岐阜県にまたがる北アルプスの裏銀座縦走コースに位置し、標高は2860m。百名山ではありませんが、頂からの槍ヶ岳 ・ 穂高連峰の眺めが素晴らしいことで知られています。

 今回の日程は1泊2日。“新穂高登山口” からスタートし、“わさび平小屋” “鏡平” を経て、“双六小屋” に宿泊。2日目の朝、“双六岳” の登頂を果たし、前日と同じルートで下山します。下見をしたスタッフによると 「かなりのロングコースだけど、眺めは最高!」 とのこと。登山は、4月に “御在所岳(1209.8m)” に登って以来、実に半年ぶり、大きな期待と少しの不安を胸に、豊橋を出発しました。

 午前6時、“新穂高登山口” に到着。澄んだ冷気を全身で感じながら準備運動をし、いざ出発。緑に囲まれたよく整備された林道を元気に歩き始めました。緩やかな道が足馴らしに丁度よく、久しぶりの登山に心が弾みます。

 7時25分、“わさび平小屋” に到着、ここで小休憩。すると 「あっ、湯気が出てる!」 という声に目をやると、リュックを下したスタッフの背中から白い湯気が上がっています。それを見てみんな、笑みがこぼれました。

 “わさび平小屋” を出発し、25分ほどで “小池新道入口” に到着。ここから本格的な登山が始まります。大小の岩が敷き詰められた “小池新道” は、昭和30年、当時の双六小屋の経営者 “小池義清” 氏によって開発 ・ 整備された登山道で、先人たちの思いのこもった道を登って行きます。全身汗だくの体に時おり吹く風がとても心地よく、思わず 「いい風!」 とホッと一息。ところどころ紅葉が進み、ナナカマドの実が真っ赤に色づいていました。

 目の前に北アルプスのシンボル “槍ヶ岳” が見えてきました。鋭く尖った槍の穂先を見つめ、「よくあんな険しい山に登れたわね~」 と、その時の情景がよみがえってきました。

 午前9時、透明な水が流れる “秩父沢” に到着。冷たい水で手を洗い、青い空に映える山並みを眺めながら涼をとります。元気を取り戻し、再び岩がゴロゴロした急登を一歩一歩踏みしめながら登っていきます。時々「ヤッホー!」と声をかけ合いながら喘ぎ喘ぎ登っていくと、「“鏡平” まで500メートル」 と書かれた岩を発見。「もう少しだ、頑張ろう!」 と力が湧いてきました。

 11時45分、出発から5時間半、やっと “鏡池 (鏡平)” に到着。体はもうヘトヘトでしたが、周りの木々をくっきりと映し出している “鏡池” に、ホッと心が癒されました。すぐ先の “鏡平山荘” に着くと、突然冷たい風が吹つけ、風花が舞い始めました。みんな一斉に 「あっ、雪だ!」 と空を見上げます。冬が間近に迫ってきていることを感じました。
 長めの休憩をとり、“双六小屋” に向けて出発。行く手を見上げると、縦走路がどこまでも続いています。まだまだ険しい道を登って行かなければと、気持ちが引き締まりました。鮮やかな緑の笹が生い茂る道を、黙々と登っていきます。

 午後1時40分、“弓折乗越” に到着。ここは絶景ポイント、槍ヶ岳と穂高連峰の美しい綾線が目の前に広がり、疲れが一気に吹き飛びました。ダイナミックな山並みに 「すごい迫力!」 と、感動の声。ずっと見ていたい気持ちを抑えて、再び出発。アップダウンの道を進むと、遠くに “双六小屋” の赤い屋根が現れました。「あっ、やっと見えた!」 と弾んだ声、「もうひと踏ん張りよ!」 と気合をかけて必死に歩きました。

 3時25分、ようやく “双六小屋” に到着。するとまた雪がチラチラと舞い、山小屋の人によると “初雪” だとか、まるで私たちを歓迎してくれているようでした。出発から約9時間、みんな無事着いたことに安堵し、「よく頑張ったね」 と労いの言葉をかけ合いました。

 “双六小屋” はとてもきれいで、夕食は名物の “天ぷらの盛り合わせ”、衣がカリッとしていてとてもおいしくいただきました。10月ともなると予想以上に寒く、布団にくるまり早めに就寝しました。

 翌朝6時15分、“双六岳” の頂を目指します。冷たい風が吹きつける中、這い松が生い茂る急登を、足元に注意しながら登っていきます。途中で振り返ると、遥か下の方に山小屋が見え、高いところまで登ってきたことを実感。目の前には穂高連峰・槍ヶ岳・西鎌尾根などの稜線がくっきり、峰々が競い合っているような山容は迫力満点です。

 7時30分、山頂に到着、「ヤッター!」 と歓声が上がります。そこは高い山には珍しく広く開けていて、360度の大パノラマ。北アルプスはもちろんのこと、南アルプスから中央アルプスまで、名だたる山々を見渡すことができます。雲海のかなたには白山も見え、みんな「すごい、素晴らしい!」の連発。「苦労して登ってきて良かったね」 と、絶景に出会えた喜びを噛みしめていました。大展望をしっかりと目に焼き付け、“双六小屋” に戻りました。

 9時、身支度を整えて下山開始。小屋の前の池には薄く氷が張り、道の両端にはたくさんの霜柱が立っていました。天気予報は曇りでしたが、晴天に恵まれラッキー! 足元に注意しながら大絶景を道づれに下っていきます。北アルプスのくっきりとした綾線は何度見ても大迫力、大自然の美をたっぷりと味わいました。“わさび平小屋” を越え、「あと少し、あと少し!」 と自分に言い聞かせ、最後の気力を振り絞って必死に歩きました。
 午後4時、全員無事、登山口に到着。「やっと着いた~」 と安堵の声が上がりました。2日間の総歩行時間は約15時間。とてもハードな登山で、足は棒のようでしたが、心は達成感と一級品の展望に出会えた喜びでいっぱいでした。

 双六岳登山で気をよくした私たちは、なんとその1週間後、日帰りで八ヶ岳の “西岳(2398m)” から “編笠山(2524m)” を縦走しました。約10時間の超ロングコースでしたが、山頂から見た八ヶ岳の峰々と、雲に浮かんだ富士山のシルエットがとても美しく、これも忘れられない登山となりました。