奥穂高岳

 待ちに待った夏山シーズンの到来。今年の目標は、日本第3位の高峰“奥穂高岳(3190m)”と“鹿島槍ヶ岳(2889m)”です。7月から天気予報を毎日気にしながら、その日が来るのを今か今かと心待ちにしていました。ところが、なかなかチャンスが訪れません。
 9月10日、3日連続の晴天を確認し、いよいよ登山者の憧れの山“奥穂高岳”に挑戦です。
 “奥穂高岳”は、前穂高岳・西穂高岳・明神岳・涸沢岳・北穂高岳などからなる穂高連峰の盟主で、北アルプス最高峰の山です。山頂直下に広がる“涸沢カール”(氷河の浸食によってできた半円形の窪地)が有名で、紅葉の季節には多くの登山者で賑わいます。

 今回のコースは、昨年の“槍ヶ岳”登山の時と同じく“上高地”からスタートし、分岐点の“横尾大橋”を渡り、山小屋“涸沢ヒュッテ”に泊まります。2日目は“奥穂高岳”の登頂に挑戦し、3日目に下山するという2泊3日の登山です。
 1年ぶりに3000m級の山に挑戦するかと思うと、ワクワクドキドキ、はやる気持ちを抑えて豊橋を出発しました。

 午前7時15分、見慣れた“上高地バスターミナル”に到着。天気は良好、ひんやりとした空気の中で身支度を整え、いざ出発! 清流の梓川沿いを歩いていると、目指す“奥穂高岳”の頂上がくっきりと見え、「あそこに登るんだね」と、みんな気合が入ります。
 苔でビッシリと覆われた木々や岩、生い茂ったクマザサやシダ類に囲まれた上高地は、何度来ても心が洗われるようです。昨年も見た真っ白い“サラシナショウマ”の花や薄紫色の可愛らしい“ノコンギク”が満開、再びこの地を訪れることができた喜びを感じながら黙々と歩いていきます。

 9時50分、分岐点の“横尾山荘”に到着。水の補給をし、30分休憩。ここからは“涸沢”に向けて進んでいきます。驚くほどの透明な激流に感激しながら“横尾大橋”を渡り、茂みの中、石がゴロゴロとした道を沢の音を聞きながら歩いていきます。時おり吹く冷たい風がほてった頬をなで、ホッとさせてくれます。しばらく行くと、木々の間からドーンとそそり立つ“屏風岩”が現れ、口々に「すご~い」と感嘆の声をあげました。

 11時30分、“本谷橋”に到着。ザーザーと流れる沢にかかるつり橋は、ゆらゆらと揺れてスリル満点。ここで小休憩。川の水は冷たく、たくさんの登山者が涼をとっていました。ここから本格的な登り坂です。大きな石が積み重なってできたゴツゴツした登山道を一歩一歩、足元を確認しながら登っていきます。いつものように「ヤッホー」と声を掛け合ってがんばります。

 1時間ほどで“涸沢カール”に入り、今日の目的地“涸沢ヒュッテ”の赤い屋根が上の方に小さく見えてきました。それを目じるしに登りますが、なかなか近づきません。カールには所々お花畑が広がっていて、足元に咲く白や黄色の小さな花々に励まされながら、「ヨイショ、ヨイショ!」と最後の力を振り絞って登り続けました。
 13時45分、やっと “涸沢ヒュッテ” に着きました。

 到着早々、テラスで一休み。目の前には数年前に登った“常念岳”と“蝶ヶ岳”がきれいに見え、背後にはいくつもの高い峰々が迫っています。所々に雪渓がまだしっかりと残っていて、そこから吹いてくる冷たい風がとても気持ちよく、疲れが一気に吹き飛びました。

 “涸沢ヒュッテ”は、名物の“おでん”もさることながら、山小屋には珍しく“ベジタリアン・メニュー”でもてなしてくれます。私たちも予約時にお願いしてあったので、お魚中心の食事にみんな大満足でした。
 その日、夜空は満天の星  まるで天然のプラネタリウム。いつも見ている星より何倍もキラキラと輝いていて、「こんなにも星がたくさんあるんだね~」と 、しばらく見とれていました。

 翌朝は雲ひとつない快晴。午前6時、真っ青な空に“奥穂高岳”の山頂がくっきりと見え、「さあ、行くぞ!」 と気合を入れて出発。大きな石がゴロゴロしたカールの中を、一歩一歩踏みしめながら登っていきます。

 7時20分、“ザイテングラート”に到着。足元にはお花畑、遠くには雲海が広がっており、穂高連峰の峰々は青空をバックに力強くそびえています。“ザイテングラート”は、氷河の削り込みにも耐えた固い岩盤でできている岩尾根です。急登でしかも岩場の連続。鎖や岩を両手でしっかりつかんで必死に登っていきます。

 8時40分、“穂高岳山荘”に到着。目の前にこれから挑む“奥穂高岳”の山頂が迫り、その険しい様相に緊張が走ります。少し休憩して、アタック開始! 足がかりとなる岩を一つ一つ確認しながら、前だけを見て登っていきます。物資輸送のヘリコプターの音が時々響き、それを目で追っては少しずつ視界が変わっていくのを感じます。穂高岳山荘から続く一番の難所を登りきると、奥穂高岳の岩の頂が目に飛び込んできます。

 9時45分、ついに“奥穂高岳”を制覇! みんな「ヤッター!」と歓声をあげます。頂上には穂高神社の祠があり、その前で記念撮影。そこは360度の大パノラマ、北アルプスの山々が一望できます。その中でも“ジャンダルム”の断崖絶壁に、みんなの目は釘づけ。その荒々しさはこれまで見てきた中で断トツです。あそこに挑戦する登山者がいると思うだけで、身震いしてきます。自然の偉大さに改めて驚嘆しました。

 下を見ると、緑のジュウタンの中をくねくねと曲がった梓川が流れ、その先には大正池  上高地の全貌が見えます。風もなく思いのほか暖かで、ゆっくり休憩をとり、大展望をしっかりと目に焼き付けました。
  雄大な絶景を十分満喫し、下山開始。正面に“涸沢岳”を眺めながら、下に見える“穂高岳山荘”を目指して、足元に注意しながらゆっくりと下っていきます。45分ほどで山荘に到着。全員無事に下りてくることができ、ホッと一安心。山荘から眺める“奥穂高岳”は何度見ても圧巻、みんな振り返っては感無量の笑顔です。

 11時30分、再び下山開始。“ザイテングラート”を慎重に下り、少し遠回りして “涸沢小屋”のテラスで休憩。ここからの景色もまた素晴らしく、私たちが泊まっている“涸沢ヒュッテ”と、黄色や緑色のカラフルなテントが並ぶテント場、雪渓が残る大きなカール、穂高連峰が一望できます。
 14時50分、テント場を通りぬけ、やっと“涸沢ヒュッテ”に戻ってきました。歩行時間は6時間半、しかもほとんどが険しい岩場で緊張の連続、足はもうクタクタです。でも、心は達成感に満ちていました。

 3日目の朝は曇り空。昨日とは打って変わって、山頂はガスに覆われて真っ白。下山する前にちょっとだけ朝の散策に出かけました。パノラマコース方面へ5分ほど歩くと、“涸沢”の全体が望めるビューポイントへ出ます。真っ赤な実をつけた“ナナカマド”の茂みの向こうに2つの山小屋とテント場、美しい涸沢カールと連なる峰々。その1つ“北穂高岳(3106m)”は、2~3年先の目標です。雄大な景色を眺めながら、きっと登ろうと決意を固めました。

 6時40分、山小屋の方々にお礼を言って下山開始。登ってきた道をひたすら下っていきます。緑に囲まれた静かな山道に、クマよけの鈴と石を踏みしめる足音が響いています。しばらく行くと沢の音が聞こえ、その音が一段と大きくなると“本谷橋”に到着。沢の水で手や顔を冷やして、再び出発。時々小雨がぱらついて木々の緑が鮮やかに目に映り、間近に聞こえる鳥のさえずりに元気をもらいました。
  9時25分、“横尾山荘”を通過し、見慣れた上高地の道をバスターミナルを目指して黙々と進んでいきます。梓川沿いを歩いていると、頂上から眺めた上高地の全貌が蘇り、今、そこを歩いているかと思うと何だか嬉しく、足取りも軽くなりました。  

  昨年はサルの親子に出会いましたが、今年は1匹も現れませんでした。その代り、スタッフの手にあまり見たことがない蝶“アサギマダラ”が止まり、スタッフが動いても逃げようとしません。よほど気に入られたらしく、その様子にみんなビックリ!  蝶と一緒に写真を撮りました。

 12時25分、“上高地バスターミナル”に無事到着。3日間の総歩行時間は約17時間。さすが日本第3位の高峰だけあって、厳しい登山でした。足は棒のようでしたが、みんな、頂上をきわめた満足感と普段は目にすることのない絶景に触れた感動で胸がいっぱい。また一つ、素晴らしい思い出をつくることができました。