浅間山

 10月9日、深夜12時、私たちは豊橋を出発しました。目指すは、長野県と群馬県の境にある100名山の一つ“浅間山 ”です。高速道路を乗り継ぎ、上信越自動車道の「東部湯の丸サービスエリア」に着いたのは午前5時。まだ暗い中、軽く朝食を摂り、登山靴にはき替え身支度を整えました。小諸インターチェンジを出る頃には空が白み始め、浅間山の外輪山のシルエットがうっすらと浮かび上がっていました。
 下見をしたスタッフから、「素晴らしい山だからきっと感動するよ」という話を聞いていましたので、ワクワクしながら紅葉が始まった登山口“車坂峠”に向いました。

 浅間山といえば、ほとんどの人はすぐに“火山”を思い浮かべるのではないでしょうか。「あさま」とは火山を表す古語で、浅間山はその名の通り大昔から噴火を繰り返している世界有数の活火山です。現在は噴火の危険性は低いのですが、それでも“浅間山本峰”に登ることはできません。そのため“浅間山”登山といえば、すぐ手前にある内輪山“前掛山”に登るということになります。

 午前6時30分、全員で記念撮影を済ませていざ出発! 先ずは噴火によってできた外輪山“トーミの頭(あたま)”を目指します。浅間山は活火山ですから、てっきり火山岩でごつごつとした登山道を行くものとイメージしていました。ところが実際は、足元には笹が生い茂り、苔の生えた岩や黄葉したカラマツの木々が点在していて、まるで手入れの行き届いた日本庭園の中を歩いているようでした。
 まだ朝露の残った道を登っていくにつれて、シラビソやオオシラビソの緑と黄金色に輝くカラマツのコントラストがなんとも美しく、季節の移り変わりを楽しみながら足取りも軽く進んでいきます。

 40分ほど登り汗ばんできたところで小休憩。衣服を調節し水分を補給して、再び登り始めます。途中に赤いドーム型のいかにも頑丈そうな避難用シェルターがありました。今までいくつもの山に登ってきましたが、火山用の避難シェルターを見たのは初めてです。一気に「活火山に登っている」という緊張感が高まりました。
 しばらく登っていくと急に視界が開けて、前方には切り立った“トーミの頭” がそびえ、右手には悠然と構えた“浅間山 (前掛山)”の姿が現れました。その端正な山容からは“恐ろしい火山”という印象は受けませんが、紫がかった赤茶色の山肌は、まさに活火山の風情そのものです。あの山に登ると思うと、気持ちが引き締まります。

 目の前にそびえる“トーミの頭”。ここからは急な登り坂です。「トーミってどういう意味?」などと言い合いながら一歩一歩山道を登り、到着したのは午前8時。そこは“360度の大パノラマ!”でした。そそり立つ外輪山の山並み、遠くには槍ヶ岳を初めとする北アルプス・中央アルプスと続く峰々をたどっていくと、雲の間から富士山も姿を見せてくれました。これほどの雄大な景色は、そうそう見られるものではありません。八ヶ岳・燕岳 ……など、今まで登った山を見つけては、みんなが歓声を上げています。

 足元を見下ろすと、カルデラの底には笹の淡い緑色・枯れ草のベージュ・カラマツの黄色が織りなす景色が広がっていて、まるで谷間に敷き詰めたカーペットのようです。前方には目指す“浅間山”へと続く一筋の登山道が見え、それぞれが指をさしては、この先のルートを確認しています。
 このダイナミックな景色をしっかりと目に焼き付けたあとは、険しい下りが始まります。岩場の連続、大きな岩から滑り落ちないように慎重に下っていきます。予想以上に時間がかかりましたが、全員無事に下りきってホッとひと安心。後ろを振り返って、「こんなにも険しい道を下ってきたんだね」と、難所を越えた安堵感でいっぱいでした。

 ここからしばらくは枯れ草の草原が続きます。“カモシカ平”という名前の通り、そこはニホンカモシカの生息地として知られている場所です。もしかしたらカラマツの木々の間からカモシカがひょっこり顔を見せてくれるかもしれない  そんな期待を胸にあたりを見回しましたが、残念ながら現れませんでした。

 登山口を出発してから約3時間、いよいよ本日のメイン“浅間山”への登頂開始です。火山岩と砂礫の滑りやすい道がどこまでも続いています。それはちょうど富士山の登山道のようで、あえぎあえぎ登ったことを思い出しました。長い登り坂、時折“ヤッホー!”と声をかけ合って気力を高めます。
 午前10時40分、やっと2つ目のシェルターに着きました。頂上はすぐ目の前です。そこはごつごつとした岩が一面に広がっていて、“火山”であることがよく分かります。さえぎるものが何もないため、強い風が汗ばんだ体に吹きつけます。一息入れて、頂上を目指して最後の登りにかかりました。

 午前11時15分、ついに頂上に到着! そこには「前掛山(浅間山)2524m」という標柱が立っています。目の前の浅間山本峰からは真っ白い煙がのぼっていますが、よく見ないと“噴煙”なのか“雲”なのか見分けがつきません。
 頂上からの大展望は、言葉にはできないほど見事なものです。外輪山を背にして広がる草原、中国の深山を思わせるような岩山、さらに足元には、天明3年の大噴火により大きくえぐり取られた前掛山のすさまじい噴火の後など、初めて見る光景に感動し、それまでの疲れが一気に吹き飛びました。

 冷たい風の吹く頂上を後にして、シェルター付近に戻り昼食です。シェルターを取り囲むようにして大勢の登山者が思い思いに休憩をとったり食事をしています。
 心もおなかも満足して、後はひたすら下るだけ。ひざにサポーターをつけ、砂礫の道もなんのその、跳ぶような勢いで山を下り始めました。途中には、山中で唯一の山小屋“火山館”があります。その日は3連休の中日でもあるせいか、山小屋のデッキやベンチにはたくさんの人がいて、お茶を飲んだりおしゃべりをしてくつろいでいました。浅間山の人気の高さが、うかがえます。私たちもここでたっぷりと休憩をとり、後は一気に登山口(浅間山荘)まで下っていきます。

 しばらく行くと“牙山(ぎっぱやま)”という、名前の通りとがった岩がそそり立った山が現れ、あたりには硫黄の臭いが漂っていました。鋭い岩山と目に鮮やかな紅葉のコントラストが、とても印象的でした。
 午後2時半、やっと浅間山荘(登り始めとは別の登山口)に到着。約8時間の登山が無事終了しました。

 今回の登山は、私たちの想像を超えたいろいろな景色が一度に楽しめて、とても充実していました。帰りの車の中では、その興奮が冷めやらず、これまで以上に会話が弾みました。いつものように温泉で汗を流し、豊橋に着いたのは午後11時頃  感動とともに長い長い1日が終わりました。

 昔は浅間山には、2泊3日の行程で登るのが一般的だったと聞いていますが、今では交通手段が発達し、登山口にある山小屋(浅間山荘)で1泊して登るのが普通のようです。本当に素晴らしい山ですので、みなさんもぜひ登ってみてください。