ヒヨドリの子育て騒動記

 この夏、私たちは思いがけず珍しい体験をしました。それは、ほとんどのスタッフにとって初めての体験    “ヒヨドリ”の巣作りから巣立ちまでを、すぐ手が届くほどの近い距離から観察できたことです。

 ご存知の方も多いかと思いますが、“ヒヨドリ”は日本中でよく見かける野鳥で、羽の色はグレー、「ピィーヨ、ピィーヨ」という甲高い声で鳴きます。
 今回は、私たちが猛暑を忘れるほど熱中した“ヒヨドリの観察日記”をお届けいたします。

 7月24日、数人のスタッフが、窓の外でしきりに行き交う2羽の野鳥を発見。「何かあったのかしら?」と外を見ると、なんと“ヒヨドリ”のつがいが、スタッフルームのすぐ前に植えてある“トネリコ”の茂みの中に、巣を作っているではありませんか。これには、ビックリ!
 “トネリコ”の木は高さが2mほど、緑の葉が生い茂り、そろそろ枝を払って風通しを良くしようと思っていた矢先のことでした。この木に鳥が巣を作るのは初めてです。野鳥が、人間が住む身近な場所に巣を作ることは知っていましたが、まさか、こんなに低い所に巣を作るなんて、思いも寄りませでした。

 スタッフの驚きをよそに、ヒヨドリはせっせと木の枝や枯葉などを運んで巣作りに励み、翌朝には立派な円形の巣が完成していました。それを見たスタッフ全員が 「どうしてこんなところに……」 と、ビックリ仰天! そしてこの珍客を心から喜び、応援することにしました。ヒヨドリが安心して子育てできるように、トネリコの木の横にある郵便受けを使用禁止にし、スタッフルームのシャッターは下ろさず、ブラインドも閉じてヒヨドリを驚かせないようにしました。

 巣が完成したのですぐにでも卵を産むのかと、みんなワクワクしながら待っていました。ところがそれ以来、ヒヨドリはとんと姿を見せません。「一体どうしたのかしら? もう卵を産むのは止めたのだろうか……」と、スタッフの一人が巣の中を覗いたところ、「卵があった!」と声をあげました。いつの間に産んだのか、巣の中には小さな卵がポツンと1個。みんなで大喜びし、さっそく写真に収めました。そして翌日の午前中には2個目を、午後には3個目、4個目と時間をずらして1個ずつ産み、母鳥が卵を温め始めました。巣作りを開始してから、ちょうど1週間が経っていました。

 巣作りは2羽の共同作業ですが、卵を抱くのはもっぱら母鳥の仕事。卵を大事そうに温めている姿を一目見ようと、スタッフが代わる代わるブラインドの隙間から覗き見「あっ、こっちを向いた!」と、まるで子供のように大はしゃぎです。いつしかブラインドには、「お静かに!」の貼り紙が貼られていました。「どんな子供が生まれてくるのかしら……」と、待ち遠しい日々が続きました。

 8月11日、卵を温め始めてから11日目、やっと2個の卵が孵化しました。そして翌日には3個目、少し遅れて4個目も孵化し、全部の卵が無事かえりました。私たちはさっそく、ヒナが巣から落ちて猫に襲われないように、巣の下を頑丈な板で囲いました。巣の下には芝生が生えているので、誤って落ちても安全です。
 毛が生えていない生まれたてのヒナは、ちょっとグロテスク。赤裸の皮膚はまるで宇宙人のようでお世辞にも可愛いとは言えませんが、4羽が折り重なるようにうずくまっている姿を見ていると、自然と愛しい気持ちになります。
 親鳥にとってはこれからが大忙し、食欲旺盛なヒナたちのためにせっせと餌を運びます。親鳥が戻ってくるたびにヒナたちはピーピーと鳴き、大きな口を開けて我先にと餌をねだります。その光景は何度見ても滑稽で、心が和みました。

 ヒヨドリの天敵は“カラス”です。カラスは、ヒヨドリが子育てを始めたことを察知し、たびたび姿を現しては隙を狙っています。「カラスから子供たちを守ろう!」とスタッフの一人が、カラスが来るたびに外へ出て、サッと両手を上げて追い払います。それが朝、昼、夕の日課となり、スタッフの間で“警備隊長”と命名。

 驚いたことに、他のスタッフが手を上げても全く逃げていかないのに、警備隊長の姿を見ただけで、カラスが逃げていくようになりました。よほど恐ろしい顔をしていたのでしょうか? すっかり顔を覚えられたようです。一方、ヒヨドリはというと、警備隊長が守ってくれていることをよく知っていて、安心して子育てに専念していました。

 ヒナたちは順調に育ち、小さいながら鳥らしくなってきました。羽が生え揃い、ふっくらとした姿に思わず「可愛い!」と歓声があがります。この頃になると、しだいに巣が狭くなってきたのか、ヒナが巣から落ちることもしばしば。そのたびにそっと戻してあげました。

 8月20日、いつものようにスタッフが窓を開けて写真を撮ろうとした途端、3羽のヒナがパタパタッと羽ばたき始めました。ところがうまく飛べず、地面にポトリ。慌てて巣に戻しますが、すぐにまた羽ばたいては、やっぱり落ちてしまいます。それをヒナたちが代わる代わるやるので、スタッフは行ったり来たりの大わらわ。すると2羽が意を決したように、急に羽をばたつかせて飛び上がりました。飛び方はまだぎこちないものでしたが、少し離れたところで見ていた親鳥に誘導されて、裏山の方へ飛び立っていきました。
 一方、残された2羽は、まだ巣の縁にしがみつくようにとまっています。よく見ると、親鳥が2羽の背中を突いたり、引っ張ったりして巣立ちを促しています。しかし、ヒナたちはなかなか決心がつきません。

 夕方になり、やっとの思いで1羽が飛び上がりました。ところが力及ばず、屋根の上に不時着。再度挑戦し、今度は雨どいに落下。それを追いかけては、応援している私たちもハラハラ・ドキドキの連続です。親鳥の必死の声かけで、何とか飛び立っていき、ホッと胸を撫で下ろしました。
 問題は最後の1羽です。思いきって飛び上がりますが、すぐに落ちてしまいます。たまりかねた警備隊長が手の平に乗せ、「飛べ!」とばかりに空に向かって勢いよく放ちました。やっとのことで生垣にしがみつき、そこで力尽きてしまい、近くで親鳥がずっと見守っていました。そのまま翌朝までじっとしていましたが、午後には姿が見えませんでした。4羽が無事でいることを願い、私たちの役目が終わりました。

 こうして、約1か月にわたる“ヒヨドリの観察”は、ドタバタのうちに幕を閉じました。本能とはいえ、親鳥が必死に子供たちを守り、育て、巣立ちさせていく様子は、みんなの心に感動をもたらしてくれました。 

 ヒヨドリがいなくなって、警備隊長はお役御免、ちょっとさみしい様子です。今でも外から「ピィーヨ、ピィーヨ」と可愛らしい鳴き声が聞こえてくると、ついつい「あの子たちかしら?」と思ってしまいます。

 スタッフ全員で動物と関わったのは、タロー以来のこと。タローはみんなのペットでしたが、野生の鳥であっても、人間の愛情によって交流が持てることを知った体験でした。今年の夏は、思いがけないプレゼントにみんなの心が一つになり、楽しい思い出がまた一つ増えました。