白山

 長かった梅雨がようやく明け、いよいよ夏山シーズンの到来です。今年の登山の目標は、富士山(3,776m)の次に高い “北岳(3,198m)・間ノ岳(3,183m)” と北陸の名峰 “白山(2,702m)” を踏破することです。6月頃から、どちらの山に登れるか情報を集めて検討し、「7月になったら、まずは “白山” に登ろう!」 ということになりました。あとは晴天の続く梅雨明けを待つばかり。しかし、なかなかその日は訪れません。やきもきしながら、「ひょっとしたら昨年のように9月まで延びてしまうかもしれない……」 と不安に思っていた矢先、梅雨明けが報じられ、その翌日7月22日に決行しました。

 “白山” は、「白山三峰」 と呼ばれる御前峰(ごぜんがみね・2,702m) ・剣ヶ峰(けんがみね・2,677m、現在は危険なため登れません) ・大汝峰(おおなんじみね・2,684m) を中心とする連峰の総称で、石川県と岐阜県にまたがっています。古くから山岳信仰の対象として栄え、富士山・立山と共に 「日本三霊山」 の一つとして広く知られています。最高峰の御前峰を中心として東西南北へと連なる山系全体が 「白山国立公園」 に指定されています。
 白山の登山コースはたくさんありますが、今回は岐阜県側の “平瀬道ルート” を選びました。このルートはブナの原生林が美しいコースとあって、多くの登山者から愛されています。
 久しぶりの本格的な登山に、高鳴る胸を押さえながら豊橋を出発しました。

 午前5時30分、“平瀬道登山口” に到着。清々しい空気を感じながら念入りに準備運動をし、みんなで記念撮影。「ようこそ白山国立公園へ」 と書かれたゲートをくぐり、鮮やかな緑の木々の中を、いざ出発!  下見をしたメンバーの話では、「御前峰まではずっと登り坂。標高差は約1500mあるが、それほどきつくない」 とのこと。しかしこの暑さですから、そんなに甘くはありません。まずは、山小屋のある “室堂” を目指します。途中、「室堂まであと3時間ね」 などと確認し合いながら、気合を入れます。今回は水を補給するところがないので、リュックの中にはペットボトルが4本(2リットル)、背中にズッシリと重みがかかります。

 よく整備された登山道を登り始めると、すぐにブナの林に入ります。ジグザグの坂を進みながらふと見上げると、何本ものブナの大木が枝をのばし、直射日光を遮ってくれています。原生林だけあって木の形は実にさまざま、ごつごつとした大きなこぶができたような太い幹や、曲がりくねった枝を広げている木、まっすぐに伸びた堂々とした巨木など、山一面にブナの林が広がっていて素晴らしい眺めです。
 しばらくの間、ブナの原生林が続いたかと思うと、次はダケカンバの木も混じってきました。人間の手が入らない自然のままの原生林は、そこを通るだけで木のエネルギーが伝わります。「緑がすごくきれい! 心が洗われるわね」 と、みんな感動の声をあげていました。

 登り始めてから約2時間、振り返ると眼下にはコバルトブルーに輝く “白水湖(人工のダム湖)” が見えます。これまで見てきたどの湖よりも美しく神秘的で、ため息が出るほど。前方には、“剣ヶ峰” と目指す “御前峰” が並んで雄大な姿を現しました。ところどころに真っ白い雪渓も見えます。あそこまで登るかと思うと、まだまだ頑張らなくてはと、気持ちが引き締まります。

 8時50分、ログハウス風の “大倉山避難小屋” を通過。平らな尾根を進むと道の両側には黄色いミヤマキンバイやニッコウキスゲ、ピンク色のハクサンフウロなど可愛らしい花々が咲き乱れ、暑さでバテ気味の体と心を癒してくれます。

 10時、目の前に大きな雪渓が現れました。気を抜けばどこまでも滑り落ちてしまいそうな急な斜面に、思わず息をのみます。幸いにも、そこでは地元の青年2人が登山者のためにロープを張って介助してくれました。ボランティアでしているのでしょうか、2人に感謝しながら慎重に渡りました。

 今 回の登山は、熱中症予防のために30分ごとに休憩をとり、水分補給を十分にしながら登ってきました。しかし汗が滝のように流れ、容赦なく体力を奪っていきます。先頭のスタッフの 「あともう少し、頑張って!」 の掛け声に、みんな励まされます。すると、「あそこに “ホシガラス” がいる」 というスタッフ声。指をさす方を見ると、なんと木の先に、チョコレート色の体に白い斑点のある “ホシガラス” が止まっているではありませんか。初めて見る珍しい鳥に 「これはラッキー!」 と、また力が湧いてきました。
 ゴロゴロとした石の急登を必死に登っていくと、突然目の前が開けて、昔の学校のような大きな山小屋の赤い屋根が目に飛び込んできました。室堂まであと500m、赤い実をつけたハイマツの木々の中を進み、11時20分、全員無事に “室堂ビジターセンター” に到着。思わず 「ヤッター!」 と、安堵の声が上がりました。
 “室堂” の山小屋は、800人も収容できる日本第2位の規模を誇ります。ストーブが焚かれた休憩所で食事をしたり、置いてある白山の冊子を見たりしながら、チェックインの時間までゆっくりと体を休めました。

 午後1時30分、山小屋のチェックインを済ませ、リュックをアタックザックに換え、いよいよ目の前にそびえる “御前峰” の山頂を目指します。平らな石を敷き詰めた急な坂道を一歩一歩踏みしめながらゆっくりと登っていきます。何度か振り返っては、山小屋がだんだん小さくなっていくのを確認します。

 2時15分、やっと全員登頂に成功! 山頂には白山比咩(しろやまひめ)神社の奥宮があり、大勢の登山者が写真を撮ったり、景色を眺めたりしていました。眼下には、山小屋の赤い屋根と群生するハイマツの緑、そして噴火口の内側を思わせるような大小の岩がころがっている荒涼とした風景が広がっています。すぐ下を見ると、すさまじい噴火の後をしのばせる火口湖がいくつもあり、そばにはまだ雪が残っていました。その真っ白い雪と火口湖の深いブルーのコントラストが何とも美しく、「こんな景色は今まで見たことがない!」 と、みんな歓声を上げました。

 剣ヶ峰や大汝峰を眺めながら一休みし、次は “お池めぐり(火口湖めぐり)” です。岩がゴロゴロとした急な斜面を慎重に下っていきます。頂上を少し下がった辺りには、大小7つの池があり、中でも “千蛇ヶ池” は夏でも雪と氷で閉ざされている日本で唯一の池だとか。シーンと静まり返った “紺屋ヶ池” や “油ヶ池” ・“翠ヶ池” などをめぐり、大自然が織りなす絶景を堪能しながら歩いていきます。最後に、雪に覆われた “千蛇ヶ池” を渡ると、そこは一面、見事な高山植物の群生地でした。可憐な白い花が満開のナナカマドや珍しいクロユリなど、さすが白山は “高山植物の宝庫” と言われるだけあって、本当にたくさんの花々を眺めることができました。
 午後4時、素晴らしい景色を満喫し、室堂に戻ってきました。思いのほか時間がかかり、みんなクタクタでした。

 驚いたことに、室堂には大勢の若いお坊さん(雲水) がいました。年に1度、永平寺の若いお坊さんたちが白山に登山して、奥の院に参拝するのが通例となっているそうです。乾燥室にはお坊さんたちの黒い作務衣がズラリと干してあり、思わず山小屋であることを忘れてしまうほど。もっと驚いたのは、煙草を吸ったりお酒の箱を抱えたお坊さんがいたこと。
 どこの世界にも、枠からはみ出る人間はいるものですね。厳しい修行で知られる永平寺の僧侶の中にも、羽目を外す人間はいるものだと、ついついみんなで笑ってしまいました。

 翌朝、目が覚めると外は霧が立ち込めていました。下山に備えてストレッチをしていると、ビジターセンターからラジオ体操の曲が流れてきました。グッドタイミングとばかり、久しぶりにみんなでラジオ体操をしました。

 登山の帰り道、温泉に寄って汗を流すのも、私たちの楽しみの一つです。温泉に向かう途中、落差72mもの名瀑 “白水の滝” と樹齢450年の “荘川桜” を見学しました。どちらも迫力満点、見ごたえ十分でした。
 帰りの車中では、疲れも忘れて次の登山の話題で盛り上がりました。“北岳・間ノ岳” は白山よりも、何倍もの体力と気力が求められることは間違いありません。全員で白山の頂に立てた喜びと、次の登山への期待を胸に家路につきました。