燕岳

 7月19日午前2時、大きなザックを車に積み込み意気揚々と豊橋を出発しました。目指すは長野県の北アルプス、標高2763mの“燕岳”です。長かった梅雨がやっと明け、「今日は快晴。さぁ、行くぞ!」とみんなの心も晴れやかに弾んでいます。

 今回の登山は1泊2日のコースです。「登山者の人気ナンバーワンの山小屋“燕山荘(えんざんそう)”に泊ってみたい」というのも、登山の目的の一つでした。

 燕岳は北アルプスの中央に位置し、白い花崗岩の造形が美しい山として知られています。北アルプスの入門コース、また槍ヶ岳や常念岳・蝶ヶ岳へ向かう縦走路の起点として多くの登山者に親しまれています。

 辺りが明るくなりかけた頃、外には見慣れた山の風景が広がっていました。何度来ても雄大な自然の見事さに圧倒されます。登山口につながる曲がりくねった林道では、ニホンザルの親子が出迎えてくれました。ふさふさした毛並みの親ザルと子ザルたちに、みんな「かわい~い!」と身を乗り出して見物。ウトウトしていたスタッフも一気に目が覚めました。

 午前7時、中房温泉登山道入り口(1462m)に着きました。軽い準備体操をして登山開始です。抜けるような青空と澄んだ空気、ザーザーという沢の音に癒されながら笹が生い茂る登山道をゆっくりゆっくりと登っていきます。登山道は整備されていてとても登りやすく、針葉樹林の木漏れ日がきらきらと輝いていました。しかしこの日はとても暑く、登るにつれて汗が滝のように流れ出て、私たちの体力を容赦なく奪っていきました。いつもよりひんぱんに休憩をとり、しっかりと水分補給をしました。時々見える山々の絶景が疲れを吹き飛ばしてくれ「あれは有明山、遠くに見えるのは富士山、あの尖っているのが槍ヶ岳……」と、山を指しては会話が弾みます。

 登り始めてから3時間15分、やっと“合戦小屋”に着きました。もっと楽に登ってこられるものと誰もが思っていましたが、予想以上の暑さにみんなヘトヘト。ここで少し長めの休憩をとり、「さぁ、最後のひと踏ん張り。もう少し頑張ろう!」とみんなで声をかけ合い出発しました。ここからは高山植物の宝庫です。黄色のミヤマキンポウゲや白色のチングルマなど、いろいろな花々を楽しみながら登っていきました。

 山では、すれ違う人と「こんにちは」とか「どちらからですか とあいさつを交わします。普段の生活の中では、出会う人みんなにあいさつをすれば“変な人”と警戒されてしまいますが、山ではそれが自然にできます。道を譲ったり譲られたり、登山ならではの“心の交流”があります。今回は連休の最終日ということですれ違う人が本当に多く、“燕岳”の人気の高さがうかがえました。中高年はもちろんのこと、若い人から子供連れの親子まで、大勢の人たちに出会いました。なかでも、特に若い女性たちが目につきました。『山ガール急増』という情報に納得です。カラフルなウェアにサポートタイツ姿、ファッションまでバッチリと決めていました。また以前は男性のタイツ姿はあまり見かけませんでしたが、今では当たり前の光景となり、登山者の様相も少しずつ変化しているのを感じました。若い人たちが自然を求めて、決して楽とはいえない登山に臨むのは、とても健康的でいいものです。

 もう一つ驚いたことは、多くの登山者がいたにもかかわらず山道にはほとんどゴミがなかったことです。みんな静かに自然を楽しんでいる様子で、このマナーの良さはきっと世界に誇れるのではないかと、私たちも気持ちよく登ることができました。

 スタートから5時間、やっと“燕山荘”に到着しました。当初は少し休憩して“燕岳”にアタックする予定でいましたが、みんなの疲労が大きかったので1日目はあきらめ、ゆっくりと体を休めることにしました。

 燕山荘からは360°のダイナミックな展望が楽しめます。近くには槍ヶ岳・穂高連峰、遠くには立山など北アルプスの大パノラマと残雪のゼブラ模様の稜線  「こんなに見事な絶景は初めて!」とみんな大感激。さらに目の前にはドーンとそびえる “燕岳”  ハイマツの緑と白い花崗岩の岩肌のコントラストがとっても美しく、自然が織り成す美を心ゆくまで満喫しました。

 燕山荘の人気の理由は、何といっても名物の「オーナーのアルプスホルンの演奏と山の話」です。運よく私たちも聞くことができました。

 クマとの格闘話やコマクサを維持するための努力やゴミ問題など、山荘のスタッフの方々の日々の努力があってこそみんなが安心して登山を楽しめることが、よく分かりました。期待したアルプスホルンは少ししか聴けませんでしたが、その音色に、ちょっとだけアルプスの気分を味わうことができました。その後、キラキラと宝石を散りばめたような夜景を眺め、8時すぎにはみんな床につき1日目が終わりました。

 燕山荘は、明るいスタッフとおいしい食事・充実した売店など、さすが人気ナンバーワンの山小屋  期待通りの内容に大満足でした。

 翌朝、今日も天気は快晴です。ゆっくり休んだおかげで体調は万全。6時30分、アタックザックを背負い“燕岳頂上”を目指します。朝の空気のすがすがしさを全身で感じ、コマクサの可憐な花を眺めたり、自然がつくり出した花崗岩の造形を見上げながら、ハイマツと白砂の道を登っていきました。最後に「ヨイショ!」とふんばって岩を登ると、頂上です。頂上は狭く4~5人しか立つことができませんが、頂上からの眺めはやっぱり最高です。真っ青な空とくっきりと連なる稜線・そしてたどってきた一本の道の先には赤い燕山荘  この景色をみんなしっかりと目に焼き付けました。

 燕岳を下山し、次はゲーロ岩まで北アルプス“表銀座コース”を少しだけ縦走しました。その途中で2羽の“ライチョウ”を発見! 手が届きそうなほど近くで見たのは初めてです。白い羽根を少し残したまだら模様の丸々と太った姿がとっても愛らしく  「こんなに真近に見られるなんて、とってもラッキー!」と、みんな大感激です。驚かせないようにそーっとそーっと通り過ぎました。

 8時30分、再び燕山荘に戻りいよいよ下山です。今度は登ってきた道をひたすら下ります。朝露に濡れた葉っぱ・飛び交う赤とんぼ・鶯の鳴き声……自然に包まれている心地よさを感じながらゆっくりと下山しました。12時ちょうど、やっと登山道入り口に到着。足はガクガクでしたが、無事に戻ってこられた安堵感と北アルプスの大絶景を堪能した満足感で胸がいっぱいでした。

 “燕岳”というと思いだすことがあります。それは昨年9月、NHKの“趣味悠々”で『田部井淳子の登山入門』を見たときのことです。タレントのルー大柴さんと一緒に“燕岳”に登るということで、みんな楽しみにしていました。

 でも映像は、どしゃぶりの雨の中のスタート。頂上に立ったときには強風で今にも雨が降ってきそうな悪天候。さらに下山も雨の中。一日中、どこもかしこも霧でまっ白、北アルプスの絶景など全く見られず、結局、山の映像は後日撮影したものでした。それでもルーさんは、頂上では  「とうとうやりました」と言い、最後には「感動しました」と語っていました。今回登ってみて、素晴らしい景色がどんなに疲れを癒してくれるものか、改めて感じました。初心者のルーさんにとって、何にも景色を楽しめない登山はさぞきついものだったのではないでしょうか。

 それにしても、田部井さんともあろう方が登山入門に“雨の日”を選ぶとは  私たちはそのことに目を疑ってしまいました。雨対策の装備はもちろん大切ですが、それ以前に「悪天候の日には登らない」というのが登山の鉄則です。特に入門者には重要なことです。景色が全く見られないのでは、ただ辛いだけの登山になってしまいます。またそれ以上に大きな危険もともないます。一歩間違えれば、昨年北海道で起きた「トムラウシ山遭難事故」の二の舞にもなりかねません。

 登山を楽しむためには、まず「晴れた日を選ぶ」   これからも私たちはこの鉄則をしっかりと守っていきたいと思っています。皆さんの中で「登山を始めようかな~」と考えている方がいましたら、ぜひこのことを忘れないでください。