権現岳

 今年も、待ちに待った登山シーズンがやってきました。本格的な登山の第一弾として、八ヶ岳の最南端にある“権現岳(ごんげんだけ2715m)”に挑むことにしました。コースは、登山口の“観音平(1560m)”を出発し、“青年小屋”を経て“西ギボシ・東ギボシ”を越え、“権現岳”の頂へ、そして“三ツ頭(2580m)”を経て登山口に戻ります。歩行時間は9時間以上という超ロングコースに、みんな「楽しみだけど、最後まで歩き通せるかしら……」と、期待と少しの不安を胸に晴れる日を待っていました。
 6月26日、天気予報では絶好の登山日和、久しぶりの本格的な登山に、高まる気持ちを抑えて豊橋を出発しました。

 午前5時45分、豊かな緑に囲まれた駐車場“観音平”に到着。緊張と期待がさらに高まってきました。まずは“青年小屋”を目指して、針葉樹林の中を元気に出発。登山道の両側には笹原が広がり、その中にポツンポツンと朱色のレンゲツツジの花が色を添えています。ミズナラやシラカバが立ち並び、自然のエネルギーを全身に浴びながら、緩やかな登山道を登っていきます。

 1時間ほどで“雲海”に到着。その名の通り木々の間から雲海が見え、その上に富士山がくっきりと浮かんでいました。「こんなに奇麗な富士山が見えるなんて、ラッキー!」と、みんな大感激。さっそく富士山をバックに写真を撮りました。
 “コメツガ”の枝先には、新芽が黄緑色に輝き、足元には、可憐なピンク色の“コイワカガミ”がひっそりと咲いています。シーンと静まった林の中から、鳥のさえずりに交じってジージーという鳴き声が聞こえてきます。「これって、セミの声?」と耳を澄ますと、やはりセミの声です。「豊橋でもまだ鳴いていないのに、こんなに高い山で聞こえるなんて!」と、思いも寄らない夏の訪れに、みんなびっくりしていました。

 大きな岩や木の根が張りだした登山道をゆっくり登っていくと、“押手川”に到着。苔むした林床からしみ出した水が、小さな流れをつくっています。ここは、3年前に登った“編笠山(2523.7m)”への分岐点でもあります。少し休憩し、再び生い茂った林の中を登っていきます。大きな岩を「ヨイショ!」とよじ登るハードな登山、時おり見える富士山にほっと一息。「ヤッホー!」と声をかけ合いながら、ひたすら登っていきます。

 9時30分、“青年小屋”に到着。すると突然、左手にどっしりと構えた円錐形の“編笠山”が現れました。編笠山は、山頂付近が樹林帯でその下にゴロゴロした岩石帯が広がっています。その山容を見るなり、3年前の光景が一気によみがえってきました。真っ青な空に映える編笠山を眺めながら、これから挑む難所に備えて多めの休憩をとりました。

 10時、「さぁ、ここからが本番よ!」と気合を入れて、再び出発。“西ギボシ・東ギボシ”と岩場が続きます。針葉樹林の中を登っていくと、次第にハイマツ帯に変わり、30分ほどで“ノロシバ”に到着。ここはその名の通り、昔、武田信玄がのろしを上げた場所だとか。北岳・甲斐駒ヶ岳、遠くには雪をかぶった穂高岳や槍ヶ岳も見え、大展望に感動の声が上がりました。
 岩石がゴロゴロした急斜面を一歩一歩踏みしめながら登っていくと、目の前に鋭く尖った岩山がそびえています。それを目指して必死に登っていきます。何とか“西ギボシ”を無事に通過、次はさらに険しい“東ギボシ”。取り付けられた鎖を握り、バランスを崩さないように慎重に登っていきます。一歩足を踏み外したら真っ逆様に落ちてしまう岩場の岩壁、一瞬足りとも気が抜けません。

 11時30分、ようやく難所を抜け、後ろを振り返り「すごい所を通ってきたわね~」と、みんなほっと胸をなで下ろしました。ここからの眺めも最高です。辿ってきた綾線の先には編笠山、目の前にはキレットを挟んで“赤岳”と“阿弥陀岳”がそびえています。行く手には権現小屋と“権現岳”の頂が見えます。「あそこが目的地ね」と、みんなの顔に笑みが戻ってきました。時々吹く風の心地よさを感じながら、ハイマツが生い茂る綾線を進んでいきます。

 権現小屋を右手に通過し、登り切ると11時55分、やっと“権現岳”の頂に到着。一斉に「ヤッター!」と歓声が上がりました。山頂は360度の大パノラマ、見事としか言いようのない景色に、みんな溜め息の連続。荒々しい八ヶ岳連峰は迫力満点、富士山もきれいに浮かんでいます。眼下には人里が広がり、高原野菜のビニールハウスが白く光っていました。足元には黄色い“ミヤマキンバイ”や、白い“ハクサンイチゲ”が咲いています。
 たっぷりとエネルギーを補給し、次の“三ツ頭”に向けて再び出発。ここから急な下り坂が始まります。足を滑らせないように注意しながら、ゆっくりと下っていきます。振り返ると権現岳がそびえていて「あそこから来たのね~」と、みんな感無量。また登り返して、1時間ほどで“三ツ頭”に到着。ここもビューポイント、険しい岩山の赤岳・阿弥陀岳・権現岳の圧倒的な迫力に言葉も出ません。八ヶ岳の峰々をしっかりと目に焼き付けました。

 1時40分、“観音平”に向けて小泉口コースを下山します。このコースは歩きやすいのが利点ですが、超ロングコース、3時間以上はかかるということで、みんな覚悟して歩き出しました。針葉樹林に囲まれた登山道をひたすら下っていきます。黄色の“ヤツガタケキスミレ”やイチゴの花によく似た“チョウノスケソウ”を見つけるたびに、「かわいい!」という声が聞こえてきます。
 1時間が過ぎ、2時間が過ぎると、だんだん足が痛くなってきました。笹原の中を黙々と下っていきますが、なかなか着きません。休憩のたびに、みんな口をそろえて「やっぱり長いわね」と呟きます。「もう少しよ、頑張って!」の掛け声に力をもらって、また歩き出します。下りきると小さな川を渡り、今度は登り坂。「これを登れば観音平よ!」の声に、最後の力を振り絞って必死に登りました。

 5時5分、やっと“観音平”に到着。歩行タイムは9時間半、総タイム11時間20分というハードなロングコースに、みんなヘトヘト、疲れが顔ににじみ出ていました。でも、1人の脱落者もなく無事に歩き通せたことへの安堵感と達成感でいっぱいでした。

 今回はとても厳しい登山でしたが、日常では味わえないスリルと、自然が織りなす大絶景を思う存分味わうことができました。迫力満点の景色を目の当たりにすると、神の偉大さと、人間の小ささを改めて実感します。木々の息吹、花や草の生命力といった大自然のエネルギーをたっぷりと吸収した八ヶ岳登山、「また頑張っていこう!」と力が湧いてきました。

 日頃パソコンに向かっていることが多い私たちにとって、登山は心身ともにリフレッシュできる最高の健康法です。みんなで少しでも長く続けていけるよう、日ごろから鍛えておきたいと思っています。

美ヶ原高原

 10月になったら1泊2日の日程で“甲斐駒ヶ岳”に登る計画を立て、その日が来るのを心待ちにしていました。ところがなかなか天気が良くならず、やむなく断念。その代わりに、日帰りで“美ヶ原高原(2,034m)”をトレッキングすることにしました。
 “美ヶ原高原”は、長野県松本市の東方にある高原台地で、広さは東西に5km、南北に8kmにも及び、日本百名山に選ばれています。高原からは3000m級の山並みが一望でき、まさに “天空の台地”、年間200万人もの観光客が訪れます。

 10月26日、ようやく絶好の登山日和を迎え、「今日は高低差が少なくて、楽しいトレッキングになりそう!」と、弾む心を押さえて豊橋を出発。松本インターチェンジを下りて一路、“美ヶ原高原自然保護センター(1,922m)”に向かいます。
  立ち込めていた霧がしだいに晴れてくると、辺りはもう紅葉が始まっていました。急な坂道をどんどん登っていくと、遠くに白銀の北アルプスの峰々が現われ、思わず「きれい!」と歓声が上がります。さらに登っていくと、予想外の雪景色にみんな、びっくり! 「まさか雪があるとは思わなかったわ」と、車内は大騒ぎになりました。まもなく目の前に“美ヶ原高原”が広がり、そのスケールの大きさに胸が高鳴りました。

 午前7時45分、“美ヶ原高原自然保護センター”に到着。駐車場は一面カチカチに凍っていて、慎重に車を止めます。身支度を整え、冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、いざ出発! 雪が積もっている階段を一歩一歩踏みしめて登ります。雪の上にシカやキツネの足跡がくっきりと残っていて、大自然の中に足を踏み入れたことを実感しました。突然、「あっ、シカがいる!」というスタッフの声に、みんな一斉にその方向を見ましたが、あっという間に去っていってしまいました。なだらかな坂を滑らないようにゆっくりと登ります。

 8時45分、美ヶ原高原の最高峰 “王ヶ頭(おうがとう2,034m)” に到着。ここには王ヶ頭ホテルがあり、近くに巨大なテレビ塔や電波塔がいくつも立っています。美しい自然と巨大なアンテナは何ともミスマッチな風景ですが、ここからの展望は最高です。八ヶ岳に南アルプス・中央アルプス・北アルプス、遠くには御嶽山、うっすらと富士山のシルエットを見つけると、みんな目を輝かせていました。

 王ヶ頭ホテルを過ぎると、“美ヶ原牧場”が広がっています。夏には何百頭もの牛が放牧されていますが、今は一面の雪景色、残念ながら牛は1頭もいませんでした。牧柵に沿った遊歩道は所々凍っていて、足元をよく見て注意しながら歩きます。先頭のスタッフが、「あれが“美(うるわ)しの塔”よ!」と指さす方を見ると、遠くに小さな塔が見えました。どこまでも広がっている高原はとても清々しく、心が洗われていくようでした。途中、本格的な冬の到来を前に、柵の修理をしている人たちが忙しそうに働いていました。

  9時50分、“美しの塔”に到着。遠目には小さく見えた塔が、意外にも大きくしっかりしていることに驚きました。“美しの塔”は、この地がよく霧に包まれることから遭難防止の道標として、また避難所として建てられ、“霧鐘”が備えられています。スタッフが鳴らしてみると、静かな高原にカランカランと鐘の音が響き渡りました。

 “美しの塔”を後にし、次は牛が座っているようなこんもりした形の“牛伏山(うしぶせやま1,990m)”を目指します。“ふる里館”で休憩をとり、牛の像が出迎えている道を登っていきます。
 10時35分、明るく開けた“牛伏山”山頂に到着。そこも360度の大パノラマが望めます。東には雪をかぶった浅間山、西には北アルプスの山々がずらりと並んでいます。これまでに登った山を次々と指しては、みんな大興奮! 青い空と白い頂のコントラストがとてもきれいでした。
 雄大な景色を心ゆくまで満喫し、同じ道を王ヶ頭ホテルまで戻ります。氷が溶けた遊歩道は、大きな水たまりができていたり、さらさらと雪溶け水が流れていて、それを避けながら黙々と歩いていきます。王ヶ頭ホテルに着くと、みんなの顔に少し疲れが見えてきました。長めの休憩をとり、次は美ヶ原高原屈指のビューポイント、“王ヶ鼻(おうがはな2,008m)”を目指します。雪が溶けて小川のようになっている細い道を苦労して進みます。

 12時45分、“王ヶ鼻”山頂に到着。そこは鉄平石の断崖、ここからの眺めも最高です。北アルプスはもちろんのこと、眼下には松本市街が広がっていて、疲れが一気に吹き飛びました。ふと地面を見ると、薄い板状の鉄平石が何層も重なり合っています。その荒々しさに、みんな「すごい!」と見つめていました。
 青空に映える木々を眺めながらゆっくりと下り、午後1時30分、無事駐車場に到着。総タイムは5時間半、天気に恵まれ、大絶景を十分に堪能することができました。「今度は緑に包まれた季節に訪れ、牛の放牧も見てみたいわ」と、みんな満面の笑みを浮かべていました。

 今回はトレッキングが早く終わったので、“松本城”を見学することにしました。ちょうど「お城まつり」が開催されていて、外国人など大勢の観光客で賑わっていました。
 “松本城”の見どころは五重六階の天守閣、昭和27年に国宝に指定されています。現在のような天守閣が築造されたのは文禄2年~3年(1593年~4年)と言われ、本丸・二の丸・三の丸が当時のまま現存する数少ない城の一つです。
 駐車場から松本城公園に入ると、黒塗りの“松本城”がドーンとそびえ、それを囲うお堀に赤い橋が掛けられています。その姿がとても凛としていて、「わあ、すてき! 立派なお城ね」と大感激。お堀の中を覗くと、大きな鯉がたくさん集まってきては口をパクパク、その数の多さと迫力にみんな目を丸くしていました。

 ワクワクしながらお城に入ると、柱や床などすべてが頑丈に造られていて、現存している理由が窺えました。短銃や火縄銃などたくさんの武器が展示されていて、多くの人が興味深そうに覗き込んでいます。天守から外を眺めると、お堀の周りにいる人たちが小さく見え、ちょっとだけ戦国武将の気分を味わいます。驚いたのは細くて急勾配の階段、上るのも下るのも一苦労でした。 

 お城の外へ出ると、りりしい武将に変装した青年が待っていて、私たちも一緒に写真を撮りました。歴史の一端に触れ、まるでタイムスリップしたような楽しい時間を過ごすことができました。帰りの車窓から、ライトアップされた松本城が幻想的に浮かび上がっていて、話にまた花が咲きました。  

 今回は、大自然と歴史という異色の組み合わせでしたが、1日たっぷりと楽しみ、リフレッシュすることができました。