晩秋の尾瀬

 “尾瀬”と聞くと、思わず唱歌『夏の思い出』を口ずさむ方が多いのではないでしょうか。人々が憧れる “尾瀬” に私たちも行ってみたいと、以前から計画を立てていました。とは言え、シーズンは観光客でいっぱいです。下見をしたスタッフによると、シーズンオフなら人が少なく、秋の“草もみじ”もまた素晴らしいとのこと。そこで10月16~17日、少し遠出して尾瀬でのハイキングを楽しむことにしました。
 “尾瀬国立公園”は、西に“至仏山(しぶつさん・2228m)”、東に東北最高峰の “燧ケ岳(ひうちがたけ・2356m)” をはじめ、周囲を2000m級の山々に囲まれています。群馬・福島・新潟の3県にまたがる盆地状の高原で、その中心となる“尾瀬ヶ原(1400m)”は東西6km、南北2kmにわたる本州最大の湿原です。多くの人々の努力によって貴重な自然が保たれ、日本の「自然保護の原点」とも呼ばれています。

 今回の日程は1泊2日、1日目は群馬県側の登山口“鳩待峠(はとまちとうげ・1591m)”をスタートし、宿泊先の“弥四郎小屋”を目指します。そこから“尾瀬沼ビジターセンター”まで足を延ばし、“尾瀬沼”の景色を楽しみます。2日目は“東電小屋” を通り“ヨッピ吊橋”を渡って、来た道を戻ります。道はすべて木道というのは初体験、「どんな風景に出会えるかしら」と、みんな胸を躍らせていました。

 午前4:30、登山口“鳩待峠”に到着。辺りはまだ真っ暗、空には星がまたたいています。空気がヒンヤリと冷たく「やっぱり寒いね」と、言葉を交わしながらヘッドライトを装着。次の中継地“山の鼻ビジターセンター(1400m)”を目指して、いざ出発!
 ヘッドライトで足元を照らし、滑らないように注意しながら長い木道を下っていきます。すると突然、静まり返った暗闇の奥から女性の悲鳴のような声が聞こえ「何の声?」と、みんなの間に動揺が走ります。すかさずスタッフが「シカの鳴き声よ」と教えてくれ、ホッと緊張がゆるみました。

 辺りがようやく白み始めた頃、“至仏山”のシルエットが浮かび上がってきました。実は、当初は“至仏山”に登る予定で2泊3日の計画を立てていましたが、天候が整わずやむなく断念。「やっぱりあの山に登りたかったわね」と、みんな残念そうに眺めていました。
 明るくなるにつれて、木道の両側に群生する笹の緑や、ブナの森の黄葉が目に入ってきます。葉の色は決して鮮やかな黄色とは言えませんが、秋の深まりを実感。木道は霜でうっすらと白く 「滑るから気をつけて!」 と、声を掛け合いながら進みました。

 午前5時50分、木道を下ること約1時間、“山の鼻ビジターセンター”に到着。前方に黄金色の“草もみじ”が一面に広がっていて、「わあ、きれい!」と一斉に歓声が上がりました。早朝にもかかわらず人の姿がチラホラ、電光掲示板には気温が零度と表示され、「寒いはずね」と、みんな納得していました。ここからいよいよ、大湿原“尾瀬ヶ原”です。高鳴る胸を抑えて、元気に出発しました

 広大な“草もみじ”の真ん中に、2本の木道がどこまでも続いています。後方に“至仏山”、前方には“燧ケ岳”がそびえています。尾瀬の天気は変わりやすく、2つの百名山を同時に眺めることができるのは、とてもラッキーです。
 山の裾野にはベールのような真っ白い霧が立ち込めていて神秘的。木道の下は湿地、澄んだ小川が何本も流れています。みんな口々に「きれい!」を連発、「でもここで落ちては大変!」と、足元にも気を配りながら歩いていきます。

 木道の脇には、池塘と呼ばれる大小の池がいくつもあります。池塘にはかわいらしい“ヒツジグサ”が浮かんでいたり、ゆらゆらと水蒸気が上がっていたり、とても幻想的。たくさんある池塘を目で追っていると、水面に写る“逆さ燧ケ岳”を発見。「すごい!」と感動の声が上がりました。
 太陽が顔を出すと、黄金色の“草もみじ”がキラキラと輝いていました。高くそびえる“燧ケ岳”、草もみじの向こうには白い幹のダケカンバの林、緑の笹原、そして赤いナナカマドも色を添えていて、まるで絵のようです。スタッフの一人が「メルヘンの世界みたい」と言うとみんな大きく頷き、ただただウットリ見とれていました。

 午前8時20分、宿泊先の“弥四郎小屋”に到着。重いリュックを降ろし、次はもう一つのビューポイント“尾瀬沼 (1665m)”を目指します。ゆるやかな傾斜の木道をゆっくりと登っていきます。
 尾瀬で最も有名なのは“尾瀬ヶ原”ですが、峠を越えた別のエリアにある“尾瀬沼”も絶景スポットとして知られています。足元には色鮮やかな木の葉が落ちていて、踏むたびにカサカサと音を立てます。途中から木道が山道に変わり、思いがけず登山気分を味わうことができました。30分ほど登っていくと、ほのかに甘く爽やかな香りが漂ってきて、スタッフが「カツラの葉の匂いよ」と教えてくれました。
 峠を抜けて再び平坦な木道に出ると、穏やかな水面の“尾瀬沼”が見えてきます。「まるで、湖みたい!」と、予想以上の大きさにびっくり! 木道の両側には笹が生い茂り、コメツガやカラマツなどの針葉樹が立ち並び、小川も流れています。

 10時30分、尾瀬沼の西の端“沼尻平(ぬしりだいら)”に到着。ひっそりとたたずむ “尾瀬沼” を心行くまで眺め、次は“尾瀬沼ビジターセンター”を目指します。1時間ほど歩くと、草もみじの中に3本カラマツがポツンと立っています。尾瀬沼を訪れる人々から「3本カラマツ」と呼ばれて愛されているそうです。

 翌朝は気温が高く霜は降りていませんでしたが、残念ながら雨がポツポツと降り始めていました。部屋から見えていた“至仏山”は、ガスに覆われて見えません。
  朝食を済ませ6時40分、“弥四郎小屋”を出発。山々に霧が立ち込め、幻想的な雰囲気を醸し出しています。「この風景もまた趣があっていいわね」と話しながら、日本画のような落ち着いた景色の中を歩きます。

 7時10分、“東電小屋”を通過したところで、本格的に雨が降り出してきました。滑らないように注意しながら、木道を小股で進んでいきます。“ヨッピ吊橋”を渡ると、一段と大きな池塘の一帯が現れ、水面に小さなヒツジグサがびっしりと浮かんでいました。

 8時55分、“山の鼻ビジターセンター”に到着。長めの休憩をとり、晩秋の尾瀬をしっかりと目に焼き付けました。最後は駐車場がある“鳩待峠”を目指して、下ってきた道をひたすら登って行きます。前日は真っ暗だったので周りの景色が見えませんでしたが、木々の葉が色鮮やかに紅葉していて、目を楽しませてくれました。いつしか雨がやみ、坂を登る足取りもスピードアップ。10時25分、全員無事“鳩待峠”に戻ってきました。

 2日間で歩いた距離は約36km、総歩行タイムは11時間でした。ハイキングとはいえ、疲れは登山並みでしたが憧れの尾瀬を満喫することができ、みんな大満足でした。草もみじに派手さはありませんが、色鮮やかな紅葉の景色とは違うしっとりとした独特の風情に、心も体もリフレッシュすることができました。そして早くも、「今度こそ“至仏山”に登ろうね!」と話し合っています。