代理出産の実態

 皆さんは“代理出産”という言葉をご存知でしょうか? 一瞬考えた方も、「タレントの向井亜紀さん」と言えば、すぐに思い出されるのではないかと思います。また以前、50代の女性が娘のために孫を出産したことがニュースになりましたから、その時の記者会見を覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

 ここ数十年で神の領域とも言われる“生殖医療”の技術が次々と確立され、それにともない“生殖ビジネス”も生まれました。生命倫理の問題などから、今では禁止している国が増えている一方、インドのように国をあげて奨励し、重要な産業になりつつある国まであります。日本では、2008年に日本学術会議が「代理出産の法規制と原則禁止」を提言しましたが、いまだ法制化には至っていません。これは先進国の中で最も遅れていると言われています。多くの夫婦が向井さんのように海外での代理出産に望みをかけ、子供をもうけているようです。

 先日、この問題について長年追い続けている国際ジャーナリスト“大野和基”氏がテレビ番組『たかじんのそこまで言って委員会』に出演し、代理出産にはさまざまな問題があることを述べていました。大野氏は、アメリカで代理出産に関わっている多くの人たちから直接話を聞き、それを著書『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』として出版しています。今回は、この本を紹介しながら私たちの考えを少し述べてみたいと思います。

  代理出産には大きく分けて“人工授精型”と“体外受精型”があります。人工授精型とは、依頼者夫婦の夫の精子を代理母の子宮に直接注入して妊娠させる方法です。一方、体外受精型とは、依頼者夫婦の精子と卵子を体外で受精させ、その受精卵を代理母の子宮に移植する方法です。1978年にイギリスで初めて成功し、日本でも「試験管ベイビー」と言われ多くの人々に衝撃を与えました。これ以後、体外受精型が主流となり、向井さん夫婦もこのケースに当たります。他には、依頼者夫婦の夫の精子と第三者の卵子を受精させ、受精卵を代理母に移植するというケースもあります。また、少し変わったケースでは、『私は、生みたい』の本で話題となった野田聖子議員  彼女の場合は、夫の精子と第三者の卵子を受精させ、その受精卵を自分の子宮に移植して出産しています。
 ちなみに日本の法律では、分娩した者がその子供の母親とされるため、向井さんのようなケースでは遺伝的には親子であっても実子とは認められず、養子縁組または特別養子縁組を結ぶことになります。しかし実際には、海外で代理出産した日本人の多くが、その子供を実子として届け出ているようです。

 また、代理出産には“有償代理出産”と“無償代理出産”があり、有償の場合は斡旋業者を通して“代理出産契約”を結びます。ここで“生殖ビジネス”が成立することになります。代理母への報酬はそれぞれですが、アメリカでの一般的な相場は2万ドル、その他仲介料や医療費・代理母への保険・航空費などさまざまな費用がかかります。日本在住の日本人が依頼する場合、最低でも1千万円はかかると言われています。それがインドでは、報酬は3000~5000ドル、費用を全部たしても200~300万円。アメリカの相場の3分の1から5分の1で「子供が得られる」とあって、依頼が殺到しているそうです。

 一方、無償の場合は母親や姉妹が代理母になるのがほとんどですが、中には親友がなるケースもあります。アメリカでは“有償代理出産”を禁止する州が次第に増え、それまでは代理母の募集に応募があったものが、無償にしたとたん皆無になったとか。それもそのはず、ボランティア精神だけで「他人の子供を産んであげよう」などと言う人は、そうそういるものではありません。

 各国の代理出産事情はというと、ヨーロッパではほとんどの国が“有償代理出産”を禁止し、中には有償無償に関わらず“全面禁止”している国もあります。アメリカでもアリゾナ・ワシントン・ニューヨークなど多くの州が“有償代理出産”を禁止しています。まだ法律がない州もありますが、合法化している州は意外と少なく、カリフォルニア州などごく一部の州に限られます。他には、インド・タイ・ネパール・ペルーなどでも行われています。インドでは代理出産用の施設までつくられ、2015年には市場規模が60億ドルに上ると推計しているそうですから、本当に驚きです。「他人の子宮を借りてまでも自分の子供が欲しい」という需要の多さと、生命に関わるものであってもなお、裕福な人々の欲望を満たすのは貧しい人たちであることに、何とも釈然としない気持になります。

 代理出産には、人間の尊厳に関わる生命倫理の問題だけでなく、契約上の問題や法的親子関係に関する問題などたくさんの問題点が含まれています。その中で大野氏は、「代理母が受ける大きすぎる代償」と「代理出産で生まれた子供たちの葛藤」をあげています。いくらお金のためとは言え、代理母が受ける肉体的・精神的苦痛は想像以上のもので、命を失うこともあります。しかも家族や周囲の人間関係に良くない影響を与えることが少なくないと言います。
  また、大野氏は代理出産で生まれた子供たちを取材して、「たとえ裕福な家庭に育っても、子供たちは自分が代理出産によって生まれてきたという事実を引きずっていることを感じた」と述べています。さらに大野氏は「どんな些細なことであれ、代理母と依頼者夫婦の間でもめ事が起こると、犠牲になるのはあきらかに生まれてくる子供。実際、障害のある子や病気の子が生まれて、依頼者にも代理母にも引き取りを拒否されたケースは多々あり、そうなると業者はさっさと子供を児童養護施設に送ってしまう」と述べています。
 大野氏は依頼者たちに向けて  「代理出産という手段を使う前に、どんな犠牲を払っても子供が欲しいと思うのか、権利を主張できない新しい命にどう責任を取るのか、その重さを真剣に考えてほしい」と訴えています。

 皆さんは、こうした問題をどのように考えているでしょうか? 例えば身近な人が、子供が欲しいと願っても病気などの理由で産めない場合、代理出産という方法を使っても仕方ないと思われるでしょうか。
 厚生労働省が2007年に行った意識調査では、回答した54%の人が代理出産を認め、さらに「子供に恵まれない場合は利用したい」「配偶者が賛成したら利用したい」という人が約50%にも上っていると言います。こうした結果はおそらく、子供をもうけることのできない夫婦に対する同情からではないかと思いますが、それにしても半数以上の人が容認しているのは、ちょっと残念です。「お金さえあれば何でも手に入る」という風潮の現れなのでしょうか……。

 大野氏は本の最後に、代理出産で胎児とともに娘を亡くした母親の言葉を載せています。  「誰もが親になる資格を得られるとは限らない。子供のいない人生もまた人生である。それを引き受けていくことが人間としてのあるべき生き方ではないのか」

 私たちも、本当にそう思います。すべての女性が子供を産める状況にあるわけではありません。結婚できない人もいれば、身体的事情で産めない人もいます。今では、不妊に悩んでいる女性が本当に増えていると言いますから、誰もが親になる資格が与えられているわけではありません。同じ女性として「わが子を抱きたい」という心情は痛いほどわかりますが、そうした現実を受け入れていくことが、その人に与えられた人生なのではないでしょうか。それを他人の子宮を借りてまで、しかも命を失うリスクがあることも知りながらそれでもなお自分の子供を欲しがるのは、単なるエゴに過ぎません。どんな理由をつけても、許されるものではないと思います。

 私たちは、依頼者がそこまでして子供を望むのなら、恵まれない子供を養子にして精いっぱいの愛情を注いで育てて欲しいと思っています。しかしほとんどの夫婦は、養子をとることは考えないと言います。欧米では、キリスト教の「子供はみんな神の子」という考えから養子をとることが普通に行われています。それに比べて、血縁重視の日本では大半の人が養子縁組に抵抗を感じています。しかし日本でも昔から、「子供は授かりもの」と言われてきました。それは「子供は神から与えられたもの」、もっと厳密に言えば 「子供は神から託されたもの」 という意味ではないかと思います。やはり「子供はみんな神の子」なのです。そう考えれば、血縁的なつながりにこだわる必要はないのではないでしょうか。

 私たちは、有償無償に関わらず代理出産は間違っていると考えています。それは、代理出産やそれに関わる精子や卵子の売買はすべて、“人間のエゴ”から発しているからです。日本においても、一刻も早くヨーロッパの国々のように“全面禁止”が法制化され、海外に依頼することも禁止されるようになって欲しいと思います。
 世界の国々で“生殖ビジネス”の犠牲となって苦しんでいる多くの女性たちが、これ以上増えないことを心から願っています。