槍ヶ岳

 9月4日午前3時、私たちは逸る気持を抑え、念願の“槍ヶ岳”に向けて豊橋を出発しました。今回は初めての2泊3日の登山です。昨年登った“常念岳”から見た“槍ヶ岳”の雄姿が今もしっかりと目に焼き付いていて、あの山に私たちが挑むかと思うと、嬉しさと同時に「ちゃんと登れるだろうか」  そんな不安もよぎります。

  “槍ヶ岳”は、北アルプス南部にある標高3,180m、日本で5番目に高い山です。天を突き刺す槍のような形からその名がつけられ、「日本のマッターホルン」とも言われています。“槍”の愛称で呼ばれ、多くの登山者の憧れの的となっています。かの有名な芥川龍之介も、17歳の時に制覇したというのですから、ちょっと驚きです。

 “槍ヶ岳”への登頂ルートは難易度によっていくつかありますが、私たちは一番よく知られている、“上高地”から登る“槍沢ルート”を選びました。難易度は高くありませんが、標準登山時間がなんと往復約 21時間という、体力勝負の山です。そこで今回は、それぞれの体力や家庭の事情に合わせて、2泊3日と1泊2日のコースに分かれて挑戦することにしました。

 午前8時、“上高地バスターミナル”に到着。 あいにくの曇り空、いつ雨が降ってきてもいいようにザックカバーを装着し、軽い足取りでスタートしました。 ここから“横尾山荘”までは、上高地ならではの快適なハイキングコースです。 澄んだ空気と朝露に濡れた木々の葉や草花がとっても鮮やかで、時々射し込む日の光がキラキラと輝き、「やっぱり上高地はいいわね~」と話しながら進みます。 紫色の“ソバナ”や、緑の中に浮かぶ巨大なネコジャラシのような形の真っ白い“サラシナショウマ”の花がとってもきれいでした。

 10時40分、“横尾山荘”に到着。ここは槍ヶ岳や蝶ヶ岳・穂高連峰への分岐点にあたるため、多くの登山者で賑わっています。ここで30分休憩し、再びスタート。ザーザーという沢の音を聞きながら緑のトンネルを黙々と歩いていきます。時折吹く冷たい風が頬をなで、気持のいい最高の登山道です。木の橋を渡ると“一ノ俣出合”激しく流れる沢の水の透明度に感激。 沢沿いに続く登山道は絶えず清流の音が響き、私たちを励まし続けてくれました。12時50分、1日目の宿泊地“槍沢ロッヂ”に到着。

  “槍沢ロッヂ”は緑に囲まれた木造のきれいな山荘で、ここではお風呂が楽しめます。7~8人は入れる石造りのお風呂にゆっくりと浸かり、1日の疲れを癒しました。いつしか外はしとしとと雨が降っていて、濡れなくて本当にラッキーでした。予報では明日も明後日も晴れ、まずまずのお天気に一安心。明日に備えて、足をしっかりとマッサージして休みました。

 2日目の朝は快晴。午前6時、遠くに見える“槍の穂”に向かってみんなで「さあ、行くぞ!」と、気合を入れて出発。ここからは本格的な登り坂、石や岩の登山道をひたすら登っていきます。道の脇にはノアザミや可憐な高山植物が咲き、野イチゴが真っ赤な実をつけていました。どこからか冷たい風が吹いてきたと思ったら、目の前に大きな雪渓  クレバスがぱっくりと口をあけ、その氷の厚さにビックリ! 少しだけ雪渓の上を渡りました。

 8時10分、“天狗原分岐”に到着。辺りは高山植物でいっぱいです。抜けるような青空とお花畑に囲まれ、ホッと一息。石がゴロゴロとしている道をさらに登っていくと、最後の水場に着きました。雪解け水はとっても冷たく、手を入れると数秒で我慢できないほど。顔や首を濡らすと生き返る思いがします。気分を一新して再び登り始めると、突然、行く手の遥か上の方に“槍の穂”と赤い屋根の“槍ヶ岳山荘”が見えました。目標が見えると不思議と力が湧き、みんなで「ヤッホー」と声を掛け合います。一歩一歩踏みしめるようにして登っていきました。

 9時50分、“坊主岩小舎”に到着。そこは開山者“播隆上人 (ばんりゅうしょうにん)”ゆかりの岩屋です。ここからの眺めは、今回のコースで一番と思えるほどの絶景  行く手には勇ましくそそり立つ“槍の穂”、反対側には“常念岳”と“蝶ヶ岳”、周りには所々小雪渓が残っていて、涼しい風がほてった体を冷ましてくれました。一歩進むごとに“槍の穂”はどんどん大きくなっていきますが、なかなか着きません。“殺生ヒュッテ”を横目に最後の力を振り絞って登り続けます。11時20分、やっと“槍ヶ岳山荘”に着きました。

 目の前にそびえる“槍の穂”は、まさに圧巻  「本当に登れるだろうか」 と、少し足がすくみます。でも、ここまで来たからにはやるしかありません。大きなザックから小さなアタックザックに替えて、決死の覚悟で挑戦です。
 11時50分、アタック開始。両手で岩をつかんでは慎重に足場を探しながら登ります。「ヨイショ!」という掛声とともに、「キャー、どこに足をかければいいの~」といった悲鳴にも似た声が聞こえてきます。岩壁につけられた鎖を必死に握りしめ足掛かりを探しながらよじ登ったり、垂直の鉄の梯子を何度も登ったりと、スリル満点。ふと振り返ると、恐ろしいほどの絶壁、思わず息をのみ、手に力が入ります。最後に長い梯子を登り切ると、頂上です。次々に「ヤッター!」と歓声があがります。

 12時20分、全員登頂に成功。こんなに険しいところにも祠があるなんて驚きです。頂上は360度の大パノラマ  少しガスが掛かっていて遠くの山までは見えませんでしたが、周辺の“大喰岳”・“中岳”・“西岳”など、もちろん“常念岳”もくっきりときれいに見えました。下を見ると、“槍ヶ岳山荘”を中心に東鎌尾根(表銀座通り)から西鎌尾根(裏銀座通り)に続く一本の登山道がどこまでも続いています。木々の緑と硫黄岳の黄土色の山肌のコントラストが見事で、みんな口々に「きれいね~」と声をあげていました。景色を十分に堪能し、下山開始。登り以上に慎重に足元を確認しながらゆっくりと下ります。

 13時10分、全員無事山荘に到着。何度も振り返っては、「本当にあの穂先に立ったんだね~」と感無量。

 今回は、スタッフの1人が携帯用湯沸かし器を持ってきてくれたので、山荘前のテラスで“ティータイム”を楽しむことができました。“槍沢ロッヂ”では緑に包まれた中でのティータイム。そしてここでは、今登ったばかりの“槍の穂”を眺めながら、熱々の紅茶とハーブティーで、持ち寄ったお菓子をいただきました。「こんなにリッチなティータイムは生まれて初めて!」と、みんな満面の笑みを浮かべています。会話が弾んでいるうちに、“槍の穂”はみるみる雲の中に  少し遅れていたらアタックも難しかったことを思うと、ここでも私たちはとてもラッキーでした。

 3日目の朝は、天気予報は大はずれ  外は霧で真っ白、小雨も降っています。 本当に山の天気は変わりやすいものです。しかし、目的を果たした私たちは「雨もまたよし」と、余裕の笑顔。出発の準備をしていると、「パンが焼き上がりました」という館内放送が流れ、槍ヶ岳山荘の名物“焼きたてパン”を楽しみにしていたスタッフが透かさず売店へ  美味しそうなクロワッサンと2種類のマフィンを買うことができました。

 午前6時、山荘の人たちにあいさつをして下山開始。霧で数メートル先しか見えない中、登ってきた道を滑らないように注意して下っていきます。7時45分、“天狗原分岐”に到着。当初の予定ではここから往復1時間半かけて、“逆さ槍”が写ることで有名な“天狗池”に行くつもりでしたが、悪天候のため断念。次回のお楽しみがまた一つ増えました。雨は降ったりやんだりで、いつしか霧も晴れ視界がどんどん開けてきました。雨に濡れた草花の香りや、時々聞こえる鳥のさえずりがとても心地よかったです。

 9時35分、“槍沢ロッヂ”に到着。ここから雨が激しくなってきました。“横尾山荘”を過ぎ、飛ぶようなハイスピードで歩きました。上高地に着くと、登山者や観光客の中にふさふさとした毛並みのニホンザルを発見。小さな子ザルをおんぶしている母ザルの姿がなんとも可愛らしく、それまでの疲れが一気に吹き飛びました。 

 14時、やっと見慣れた“上高地バスターミナル”に戻ってきました。この頃には雨もあがり、青空も覗いていました。3日間にわたる登山を無事終え、みんな、安堵感と達成感に満ちた最高の笑顔でした。休憩を含めた総歩行時間は19時間30分“槍ヶ岳”登山は、私たちの心にまた一つ大きな宝を残してくれました。

 実は今年の夏、登山の下見をしているスタッフが、冷やした“甘酒”をポットに入れて持っていったところ「それはそれは美味しかった!」と、大感激して帰ってきました。そこで今回、水が豊富に汲めるため、ほとんどのスタッフが健康フレンドで扱っている“甘酒パック”を2~3パック持参。休憩の度にゴクゴクと飲みました。

 さすが「甘酒は飲む点滴」と言われるだけあって即効、力が湧いてきます。いつもは疲れると何も食べられなくなるスタッフも、甘酒パワーで元気に歩き通すことができました。「甘酒が飲めるかと思うと、休憩が楽しみで……」というスタッフまで。これからますますレベルアップしていく“フレンド登山”には、 “甘酒”が欠かせない飲み物の1つになりそうです。