医師がガンの真実を激白

ちょうど1年前、“スタッフだより”で中村仁一氏の著書『大往生したけりゃ医療とかかわるな』をご紹介しました。皆さんの中には、これがきっかけで本を読んだ方や、身近な人の死や自分の死をどう迎えようかと、考えた方がいらしたのではないでしょうか。NHKの番組でもこうしたテーマが何度か取り上げられ、これから日本が迎える“超高齢社会”において老人の最期をどう看取るか、といった問題が投げかけられていました。

 この中村氏が、昨年の秋に『どうせ死ぬなら「がん」がいい』というショッキングなタイトルの本を出版し、私たちもさっそく読んでみました。すると予想以上の内容にスタッフ全員が絶賛し、これも身近な人たちに薦めています。
 この本には、中村氏と近藤誠氏(慶應義塾大学医学部放射線科講師。『がん放置療法のすすめ』など著書多数)が現代医療における“ガン治療” “予防医療”のあり方などについて対談した内容が綴られています。読んだ方はきっと、述べられているガンの新事実に、「目からうろこ」といった感想を持たれたのではないでしょうか。そこで今回は、この本の内容を少し紹介したいと思います。

 皆さんは、「ガン」と聞くとどのようなイメージをお持ちでしょうか? おそらく、「ガンは痛い!」「ガンになったら壮絶な苦痛との戦いが待っている」と思っている方が多いのではないでしょうか。現に、テレビドラマや映画などで、抗がん剤治療の副作用によって身体も心もボロボロになっていく患者の姿を何度も見ていますから、そう考えても不思議ではありません。
 しかし両氏は、「ガンは世間で思われているほど痛まない」と言っています。そして  「不必要な手術や抗がん剤治療をするから苦しい思いをしたり、悲惨な死に方になってしまう。ガンは、放置すればラクに死ねるものを中途半端に痛めつけるために、かえって痛みが出て寿命を縮める結果になってしまう」と述べています。
 実際に私たちも、老人のガンは進行しないし痛みもないという話をよく聞きます。たとえ「末期ガンであっても、全く痛みはなかった」という体験談も耳にします。やはり多くの日本人は、本来なら痛くないガンを摘出手術や抗がん剤治療といった現代医療によって、「ガンは痛いもの」と、思い込まされているようです。
 もちろん、痛みの感覚は人によっても違いますし、すべてのガンに痛みがないとは思いません。しかし近藤氏は、日本人に多い胃ガン・肝臓ガン・食道ガン・子宮ガンは放置すれば年齢に関係なく、最後まで痛まないと断言しています。
 問題は、今の医療では「ガン」と言えば当然のごと “抗がん剤治療”が行われてしまうことです。しかも、日本人のガンの9割は抗がん剤が効かないと言うのですから、現代医療には本当に呆れてしまいます。(*急性白血病・悪性リンパ腫・子どものガンなど、効果が認められているガンもあります。)

 もし私たちがガンになったら、摘出手術や抗がん剤治療は受けず、ホリステッィク医学の「全身根本療法」   身体に備わっている“自然治癒力”を引き出すような治療をしていこうと思っています。

 テレビを見ていると、「ガン検診でガンが見つかり、治療をして元気になりました」 と会見で語っている芸能人をよく見かけます。ほとんどの人はそうした場面を見るたびに、「早期発見・早期治療が何よりも大切」と思うのではないでしょうか。これに対し近藤氏は、そうした治るようなガンはもともと本物のガンではなく、何の害も及ぼさない「潜在ガン」、“がんもどき”であり、手術も治療も必要なかったと述べています。
  では、“本物のガン”はというと、すでに早い段階で多数の臓器に転移しているガンのことを言います。最近の研究で「ガン細胞には、できるとすぐに転移する能力がある」ことが明らかになり、誰もが信じている「ガンは大きくなってから転移する」という説は、どうやら間違っているようです。
一“がんもどき”は、年齢を重ねた人はほとんど持っていて、死亡解剖すればいろいろな臓器にかなりの頻度で見つかるのだとか。例えば、50歳以上の男性の2人に1人は、死亡解剖すれば前立腺ガンが見つかるそうです。最新の医療機器で詳しく検診すればするほどガンはいくらでも見つかり、その大部分は放っておいても大きくならないか、消えてしまう“がんもどき”だと言います。早期発見、早期治療でラッキーと思っていても、実は「痛い思いをして損をした」ということも多いようです。

 とは言え、治療の一面だけを見れば無駄ということになるかもしれませんが、私たちは病気の体験のすべてに意味がないと思っているわけではありません。なぜなら、「病気は自分の生き方を見直すための良いチャンスである」と考えているからです。誰でも“ガンの宣告”を受ければ悩み、苦しみます。「なぜ自分はこんな病気になったのだろう」「自分の何が悪かったのだろうか?」とこれまでの歩みを振り返ることでしょう。また、“死”が急に身近なものとなり、残りの人生や死について真剣に考える人もいるのではないでしょうか。そうした苦しみが生き方を変えるきっかけとなり、人間的成長に繋がるのであれば、病気はありがたいものだったと言えるのではないでしょうか。

 最近特に目立つのが、健康診査やガン検診を受ける人の多さではないでしょうか。健康番組でもひんぱんにその必要性を訴えていますから、健康に対する意識の高さがうかがえます。ところが近藤氏は、そうした状況を医者の金儲けとし  「医療業界は、治療する意味がなくても、患者を増やそうという意図に貫かれているように見えます。痛みや苦しみがあって病院に来る人だけ診ていたら、商売にならない。だから、健康に暮らしている人の中から病気を掘りおこして治療して、業界の繁栄を図っていこうという。予防医療センターは結局、“患者を呼ぼうセンター”ですよ。これがけっこう儲かるんです」と、皮肉たっぷりに述べています。

 これには私たちも笑ってしまいました。健康診査を、生活習慣を改める機会とするなら何の問題もありませんが、今はそれだけに留まらないのが実状です。少し血圧が高いだけで高血圧と診断され、薬を飲むことになってしまいます。しかも高血圧のガイドラインの基準値はどんどん低くなっていますから、数年前なら正常だったのが、今では病気扱いです。皆さんの中にも、健康診査で高血圧と診断され、薬を飲むことになってしまった方がいらっしゃるのではないでしょうか。しかし近藤氏も述べていますが、もともと人間の身体は年をとれば必要があって血圧を上げるようにつくられているため、少しくらい高くても何の問題もないと言われています。
 実は、このガイドラインの操作によって、降圧剤の売り上げが1988年には2000億円だったのが2008年には1兆円を超え、なんと20年間で6倍にも上っているとのことですから、本当に驚きです。病人が増えたわけではなく、基準値を下げただけの結果がこれでは、医療費が年々増加するのも無理はありません。
しかもガン検診で何の害もない“がんもどき”まで見つけ出され、最先端の治療を強いられるのですから、患者はたまったものではありません。長野県の泰阜(やすおか)村では、ガンの集団検診をやめたら、全死亡者に対する胃ガン死亡者の比率が半分以下に減ったという結果が出ています。やはり多くの国民は、「早期発見・早期治療が一番」という謳い文句に踊らされているのかもしれません。

 健康診査の結果を、それまでの間違った生活習慣を改善するために用いるならよいのですが、病気を探し出して薬漬けにするような今の医療で、本当に国民の健康を取り戻すことができるのでしょうか……。

 中村氏は冒頭、本のタイトルにあるように「どうせ死ぬならガンがいい」と述べています。その理由として、ガンは治療をしなければ大抵は最期まで意識がはっきりしているので、ゆっくりと身辺整理ができ、親しい人にお礼とお別れが言えることを挙げています。
 これには私たちも頷けますが、私たちの場合は少し違っていて、心筋梗塞や脳梗塞などで死の覚悟もないままポックリ逝ってしまうよりは、死期が決まっているガンの方がまだまし、といった程度です。私たちはやっぱり、“老衰(自然死)”がいいと思っています。それが、人間の本来あるべき摂理にかなった死に方だからです。私たちは、人間の身体は神から与えられたものであり、寿命が尽きるまでしっかりと管理する義務が人間にはあると考えています。健康を維持するために心の持ち方や食事・運動に気をつけているのも、そのためです。そして「少しでも健康寿命を延ばして、最期の最期まで人の役に立つような生き方をしたい!」  これを目標に、スタッフ全員で頑張っています。

PS:先月、ハリウッド女優の“アンジェリーナ・ジョリー”さんが、乳ガン予防のために両乳房の切除手術を受けたことが話題となりました。ジョリーさんのように母親を乳ガンで亡くし、遺伝性乳ガンの発症リスクが高い人の不安は、本当に大きいものと思います。
 しかし乳ガンは、遺伝的要因だけでなく、心の持ち方やストレス・ 肉食中心の食生活などによっても発症リスクが高まる病気です。私たちは、乳ガンになる遺伝的要因を持っている人であっても、乳房を切除する手術にすがるのではなく、健康的なライフスタイルを築く努力をすることが重要であると思います。日本でも乳房の切除手術を広めようという動きがありますが、それは本質的な解決にはならないと考えています。

現代医療に‟メス”

 皆さんは、最近ベストセラーになっている 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」 のすすめ』 をご存知でしょうか。
 衝撃的なタイトルですが、現役医師が毒舌とユーモアを織り交ぜながら、現代医療のあり方に痛快なメスを入れています。スタッフ全員が絶賛し、身近な人に薦めています。そこで今回は、この本の紹介を兼ねて感じたことを少し述べてみたいと思います。

 平成20年の厚生労働省の調査によると、「延命治療を中止して、自然に死期を迎えること」 を希望する人は全体の約3割で、10年前の2倍に増えているそうです。皆さんの中にも、「死にゆく老人に対して過剰なまでの医療がはたして必要なのか?」 と、疑問を抱いている方がいらっしゃるのではないでしょうか。この本はそうした疑問に対して、明確な答えを示してくれています。

 著者は、特別養護老人ホーム 「同和園」 の常勤医師をされている “中村仁一” 氏です。これまでガン患者を含めて多くの老人が安らかに “自然死” するのを看取ってきました。その経験から、現代医療がかえって患者の “穏やかな死” を邪魔している現状を紹介し、「自然死こそ、本来あるべき安らかな死である」 と提言しています。
  現代医療の間違いや日本人の医療に対する思い込みや “死“ についてなど、暗くなりがちなテーマを明るく軽快なタッチで述べています。「そうそう」 と納得したり、「目からウロコ」 といった内容や思わず吹き出してしまう笑い話もあり、あっという間に読めてしまいます。そして最後には、きっと “死” に対する恐怖心がなくなり、身内や自分の死をどう迎えるべきか、正しい方向を見いだすことができるものと思います。皆さんにも、ぜひお薦めしたい一冊です。

 中村氏は初めに、ご自身が考案した 「治療に関する思い込み度テスト(15の項目からなる)」 を紹介し、日本人がいかに医療に期待しているかを説いています。例えば、①ちょっと具合が悪くなると、すぐに医者にかかる ②薬を飲まないことには病気はよくならない ③病名がつかないと不安……など、誰もが思い当たることばかりです。
 私たちの子供の頃は、病院が少なかったこともあり、多少のことでは医者に掛からないのが普通でした。しかし今では、「少し具合が悪くなれば病院に行って薬をもらう」 というのが当たり前になっています。病院はお年寄りであふれ、たくさんの薬袋を抱えている人をよく見かけます。健康保険制度のお蔭で、誰もが気軽に病院に行けるようになったことはとても素晴らしいことですが、それにしても医者や薬に頼りきっている人が多過ぎるように思います。
 そうした現状に対して、中村氏はきっぱりと       「今の日本人は、医療に対して期待を抱きすぎです。病気を治す力の中心をなすものは本人の “自然治癒力”、 医者でも薬でもありません。医療者はお助けマン、薬はお助け物質、器械はお助けマシーンです。元来、化学物質である薬は異物であり、身体にいいもの、必要なものではありません」 と述べています。

 私たちも、これにはまったく同感です。現代西洋医学は患者の症状だけを問題としているため、それを取り除くための治療や薬が施されます。ただの風邪でも風邪薬・解熱剤・抗生物質・胃薬……と何種類もの薬が処方されます。しかし発熱や咳などの症状は、治癒に向けての身体の正常な反応ですから、よほどの重症でないかぎり休養をとっていれば自然と治ります。薬で抑えることで、かえって “自然治癒力” の働きを阻害することになってしまいます。

 私たちは、よほどのことがないかぎり病院には行きませんし、薬もなるべく飲まないようにしています。薬依存や薬漬けの医療が薬の弊害を生み、健康レベルの低い人間をますます増やしているように思えてなりません。中村氏のような医師が増え、日本人が医療に対する考え方を根本から改めないかぎり、健康な長寿社会は築けないのではないでしょうか。

 多くの老人は病院や老人施設で死を迎えています。自宅で静かに息を引きとる人が本当に少なくなっていますから “自然死” といってもピンとこない方が多いのではないかと思いますが、“自然死” とはいわゆる老衰死、餓死のことです。餓死と聞くと、とても悲惨な状況を想像されるかと思いますが、死期が近づけば誰でも食べられなくなるのが 「自然の摂理」 です。そうした人が医療措置を何も受けずに迎えるのが “自然死” です。昔の人は皆、こうして死んでいきました。中村氏は  「死に際にはどんな人間も脳内にモルヒネ様物質が分泌され、痛みや苦しみがなく、まどろみのうちに安らかに死んでいく」 といいます。そういえば、臨死体験をした人の話の中にも 「とてもいい気持ちだった」 とありますから、“死” は決して苦しいものでも苛酷なものでもないようです。

 しかし今の医療現場では、そう簡単には死なせてもらえないのが現状。食べられなくなれば、鼻からのチューブ栄養や胃ろう (お腹に穴をあけてチューブ栄養)・点滴注射が行われ、他にも酸素吸入や輸血などの処置が当然のごとくなされます。“死の先延ばし” が医者の使命であるかのごとく考えられています。死と向き合う医者でありながら、「ほとんどの医者は自然死を知らないし、人間が自然に死んでいく姿を見たことがない」 という指摘には、本当に驚きです。一方、患者側も 「できるだけの手を尽くしてあげたい」 と願う家族や、医療措置を行わないことがまるで愛情の欠如であるかのような風潮がありますから、死ぬに死ねない状況が繰り返されているわけです。中村氏はそうした医療を  「せっかく自然が用意してくれている安らかな死をぶち壊した “拷問” にも似た行為である。辛くても死ぬべき時期にきちんと死なせてやるのが “家族の愛情” である」 と述べています。

 私たちも本当にそう思います。“自然死” こそ、「自然の摂理」 にかなった人間らしい安らかな死に方だと思っています。大半の人は 「死は最大の不幸」 と考えていますから、愛する家族には少しでも長く生きていてほしいと願います。しかし私たちは 「死は不幸なことではなく、精いっぱい生きたご褒美である」 と考えていますので、親や家族は 「すんなりと死なせてあげたい」 と思いますし、自分の死に対しても自然死を望んでいます。それが、人間を 「霊を含めたトータル的存在」 と見なす “本物のホリスティック医学” のあり方であると考えます。

 フランスでは 「老人医療の基本は、本人が自力で食事を嚥下できなくなったら、医師の仕事はその時点で終わり、あとは牧師の仕事です」 といわれているそうです。日本の医療がいかに “唯物主義” に基づいているか、また信仰心のない国民性が今の医療を生み出しているかがわかります。医療従事者はもちろんのこと、日本人一人一人が正しい “死生観・死後観” を持たないかぎり、「死 = 最大の悲劇 ・医学の敗北 → 少しでも患者を生き永らえさせる医療」        こうした構図は改善されないのではないでしょうか。

 これから何十年か先には、間違いなく老人ばかりの “超高齢化社会” が訪れます。そのときには多くの老人が病院にも施設にも入れず、家族が自宅で看取らなければならない状況が起こってくるでしょう。否応なく、“自然死” が求められるようになるものと思います。この本は、そうした時代に向けての先駆けのような気がします。同時に 「日本人がどのように生き、どのように医療と関わり、“死” と向き合っていくか」 という、人間にとってのきわめて深い問題を提起しています。

 この本がきっかけとなり、終末医療が少しでも改善され、自然の摂理にそって安らかにあの世に行く老人が増えていくことを心から願っています。

PS: 私たちが思わず笑ってしまった中村氏のエピソードを一つ紹介します。
 「昔は、お腹の中に回虫やサナダムシがいる人がたくさんいました。こうした人が死にかけると、虫たちがいち早く察知して 『こんなところにいたら、いのちがなくなる』 と、口や肛門から脱出。それを見た一族の長老が 『とうとう虫にも見離されたか』 と、もう長くはないことを告げます。これを “専門用語” で 『虫の知らせ』 といったとか……」