トランス脂肪酸

 今年の6月、WHO(世界保健機関)がトランス脂肪酸の排除に向けて、2018年から2023年までの進捗状況に関する報告書を発表しました。

 “トランス脂肪酸”と言えば、全米で2018年6月までにそれを含む油脂の使用禁止が決定されたことを受け、2015年にスタッフだよりで取り上げました。その後、2018年にWHOが、「工業的に生産されたトランス脂肪酸の食品への含有を2023年までに全廃する」という高い目標を掲げました。今回の発表は、それに関する報告でした。

 先日、これを受けて週刊ポスト(9/6.9/13号)が日本でのトランス脂肪酸に関する取り組み(主に製パン大手3社)について取り上げていました。今回は、この“トランス脂肪酸”について少し述べてみたいと思います。

 皆さんの中には、“トランス脂肪酸”と言われても「よく分からない」という方が多いのではないでしょうか。日本では、トランス脂肪酸がどのようなもので、身体にどのような弊害をもたらすのか、テレビなどでほとんど取り上げられないので、知らない人が多いのも無理はないと思います。

 以前にも述べましたが、“トランス脂肪酸”とは不飽和脂肪酸の一種で、牛肉や羊肉、牛乳やバターなどの乳製品に少量含まれていますが、多くは食用油の製造過程で生じるものです。食用油を高温で処理したり、水素を加えて固まりやすくするときに生成される脂肪酸です。マヨネーズやドレッシングなどの調味料、マーガリンやショートニング、食品の成分表示に「植物油」「植物油脂」「加工油脂」と記されているものに含まれています。

 問題は、そうした工業的に生産されたトランス脂肪酸を過剰に摂取すると、健康に悪影響を及ぼすということです。脂肪酸は本来、人間の細胞をつくるために必要なもので、エネルギー源としても使われますが、トランス脂肪酸は全く体内で利用することができません。そればかりか、トランス脂肪酸が居座ることで他の脂肪酸の働きが阻害され、細胞機能が損なわれてしまいます。これまでの研究で、悪玉コレステロールを増やし、善玉コレステロールを減らすことで心疾患のリスクが高まることや、ガン・認知症・脳卒中などを誘発することが明らかになっています。まさに“百害あって一利なし”の脂肪酸なのです。

 こうした研究結果を受け、WHOでは2003年、トランス脂肪酸の摂取量を一日に摂る総エネルギーの1%未満(2000kcalの場合2.2g未満)に抑えるように勧告しました。さらに2018年には、すべての食品におけるトランス脂肪酸の含有量の制限(100g当たり2g)と、生産・使用自体の禁止を各国の政府に呼びかけたのです。

 WHOの報告によると、2023年までにトランス脂肪酸の低減を実施した国は53か国に上っているとのこと。2015年には7か国だったのが、2020年には14か国、2022年には46か国、そして2023年には、エジプト・メキシコ・ナイジェリア・北マケドニア・フィリピン・モルドバ共和国・ウクライナの7か国が加わりました。これにより世界人口の46%に当たる37億人の食環境が改善されたことを述べています。とは言え、2023年までに全廃するという目標には届きませんでした。

 各国の取り組みとしては、トランス脂肪酸を含む油脂の使用禁止や含有量の制限・表示の義務化などさまざまです。以前、お隣の韓国や中国でも「表示の義務化」が行われていることを述べましたが、今ではシンガポールや台湾・フィリピンでも行われています。

 皆さんもご存知のように、日本ではいまだにトランス脂肪酸の含有量に関する規制も表示義務も定められていません。自主的にトランス脂肪酸の低減に取り組んでいる企業はあるものの、以前に述べた時と同様、国による措置は全くとられていません。「日本人の大多数がWHOの勧告基準であるエネルギー比1%未満であるため、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」との理由も、全く変わっていません。

 それについて、油の研究者として著名な慶応義塾大学医学部教授の“井上浩義氏”が、週刊ポストの中で次のように述べています。

 「国の説明を要約すると『日本人のトランス脂肪酸摂取はエネルギー比1%未満だから安心』とのことですが、そもそも摂取量のデータが古く、現代人の食生活に合致しているか疑問です。トランス脂肪酸の健康被害は世界が認めるところであり、各メーカーの低減努力頼みでは限界がある。国が責任をもって表示義務や含有規制などの法的な枠組みを整備すべきです」

 また、「表示義務」が定められていないことに対して、「含有量の規制と表示義務は両輪だと考えますが、とりわけ食品ラベルへの表示義務がないことは問題です。重要なのは、パッケージを見た消費者がトランス脂肪酸の有無を確認したうえで、購入するか否かを選択できることです。表示義務がないということは、“消費者は知らなくていい”と言っているに等しいのです」と言及しています。

 私たちも、本当にそう思います。トランス脂肪酸の摂取量が少ないから安全なのではなく、それ自体が有害な脂肪酸なのです。トランス脂肪酸は、企業努力で低減したり排除することが可能です。表示が義務化されていれば、消費者が摂取するかどうかを選択することもできます。それが義務化されていない実状は、国が国民の知る権利を奪っていると言ってもいいのではないでしょうか。

 それにしても、トランス脂肪酸の制限を導入している国が昨年末で53か国、世界人口の5割弱にまで増加しているのには、本当に驚きました。と同時に、先進国である日本がいまだにWHOの勧告に応じようとしないことに、呆れるばかりです。企業からの反発を気にしているのか、何か問題が起こらないかぎり、考えを変えるつもりはないのでしょうか……。

 今回の報告をきっかけに、日本でもトランス脂肪酸に関する規制が施行されるようになることを、私たちは切望しています。皆さんも、大切なご家族の健康を守るために、トランス脂肪酸の摂取を控えるように伝えていってください。

 ちなみに、製パン大手3社(山崎製パン・フジパン・敷島製パン)では、トランス脂肪酸の低減化を行っているものの、菓子パンや食パンなど多くの商品に含まれています。3社ともホームページで商品への含有量を掲載しているので、興味のある方はご覧になってはいかがでしょうか。