

未曾有の被害をもたらした“東日本大震災”から2ヶ月が経ちました。被災地ではいまだに大きな余震が続き、人々は辛く厳しい生活を余儀なくされています。そんな被災地の人たちを一刻も早く支援したいと願い、震災直後から日本中で募金活動が活発に行われています。
4月中旬には、寄付金が1800億円にのぼったという発表がありました。わずか2ヶ月足らずの間に、阪神淡路大震災の寄付金1年分を上回る多額のお金が寄せられたことになります。日本だけでなく、世界中からも多くの支援金や物資が寄せられ、被災者に対する思いの深さを知ることができました。みんなの意識が高まり、大きな支援の輪が広がったことをとても嬉しく感じています。
そんな中、新聞や雑誌で、財界・プロのスポーツ選手・芸能界等の著名人がまるで競い合うかのように億単位の寄付をしたことが相次いで報道されました。ついつい誰もがそれらの報道にあおられるように、「どの有名人がどれだけ多くの寄付をしたのか?」と興味本位に見てしまったところがあったのではないでしょうか。
今回はその“寄付金”について少し述べてみたいと思います。

寄付の中で最も話題になったのは、ソフトバンクの孫正義社長が個人として“100億円”を寄付したことではないでしょうか。ほとんどの人がその金額の多さに驚くと同時に、孫氏の“太っ腹”に拍手喝采したことだろうと思います。
その一方で、タイ・バンコクのスラム街では支援団体の呼びかけに応じて、小さな子供を含む大勢の人たちが募金箱にお金を入れてくれたというニュースが流れました。一日働いてやっと手にするお金が600円~700円というスラム街の人たちが、「日本の友人のために」と寄付してくれたというのです。そして初日でなんと“90万円”ものお金が集まったというのですから、胸にグッとこみ上げてくるものがあります。
「100億と90万」 金額だけを比べるとずいぶん差がありますが、90万円に込められたタイ・スラム街の人々の真心は譬えようもなく尊いものだと思います。私たちはこうした義援金については、金額の多さは重要ではないと考えています。バンコクのスラム街の人々は、乏しい収入の中から自分たちの生活を切り詰めて寄付してくれたに違いありません。「たとえ金額はわずかであっても、自分のことを後回しにして、相手のために尽くす」 そこにこそ大きな価値があるのだと思っています。

決して、孫氏の寄付に真心がこもっていないということではありませんが、孫氏のように、世界長者番付に名を連ねるようなお金持ちは、それ相当の寄付をして当然だと考えます。

みなさんは、次のような聖書の言葉を聞いたことがあるでしょうか。「あなたは憐れみの施しをする際、あなたの右の手がしていることを左の手に知らせてはなりません。あなたの憐れみの施しがひそかになされるためです。そうすれば、ひそかに見ておられるあなたの父が報いてくださるでしょう」
これは、「自分の慈善的な行い(寄付など)を宣伝しない。右手と左手の関係のように、どんなに親しい人であっても知らせてはならない」 つまり、自分を厳しく律するべきだと言っているのです。人前でボランティアを行う行為そのものを問題にしているわけではありません。人々からの称讃を期待して他人への施しをすること、善行を装って、実際は自分に対する評価を高めようとするような偽善的行為を戒めている言葉です。
私たちはクリスチャンではありませんが、この聖書の言葉のように慈善行為は、「誰に知られなくても、神様だけが知っていてくださればいい」 こうした“無私無欲” の姿勢が大切だと考えています。ですから大会社の社長である孫氏が名前を公表したことは、やはり売名行為と言わざるを得ません。「孫氏が名前を出さずに寄付していたらどんなによかったか」 どうしてもそう思ってしまいます。

もう一つ寄付に関して印象に残っているのは、プロゴルファーの“石川遼” 君です。多くのプロスポーツ選手が、「この一大事のときに、スポーツなんかしていていいのだろうか?」と悩んでいる中で、遼君は一足速く、今季の国内ツアーとメジャー大会で獲得する賞金を全額寄付することを明らかにしました。
「復興には長い時間かかると思うので、皆さんと一緒に戦っていく形にしたかった。被災者の人たちに、ぜひ前を向いていただきたいと思って決断しました。これまで応援していただいたので、今度は僕が恩返しする番です」というコメントには、遼君の「自分のためではなく、被災者のために戦っていきたい」 という気持が溢れています。

実は私たちは以前から、いつもさわやかで謙虚な姿勢の遼君に好感を持っていました。若くして同年代の若者の何十倍、何百倍もの年収を手にしている遼君が、‟金の亡者”になってしまわないようにと願ってきました。その遼君がこうした形で被災者を支援しようとしていることを知り、「さすが、遼君!」と感心しました。
私たちも一時の支援ではなく、これからもずっと被災者の心に寄り添っていきたいと思っています。