南とうほくの旅

 6月中旬、二手に分かれて2泊3日の ‟南東北をめぐる旅”に出かけました。

 早朝、梅雨空の豊橋を出発。名古屋を経由して東京へ行き、東京駅から10時発の東北新幹線“やまびこ”で仙台に向いました。12時に東北最大の都市・仙台に到着。一面の曇り空はいつの間にか青空がのぞき、「いよいよ南東北の旅が始まる!」と心が躍りました。

 仙台駅から福島交通のバスに乗り、最初の目的地 ‟松島”に向いました。松島は宮城県の東部・仙台湾の中央に位置し、‟天の橋立”‟安芸の宮島”と共に日本三景に数えられています。バスを降りて遊覧船の乗り場まで歩くと、目の前に大小さまざまな島が浮かぶ松島湾が広がり、遠くの島は霧に包まれていました。船着き場の近くには、伊達政宗ゆかりの ‟瑞巌寺(ずいがんじ)”と ‟五大堂”がありました。

 午後2時に遊覧船が出航し、島の間を縫うようにゆっくりと進んでいきました。同じ船に岩手県の小学校の修学旅行生が乗り合わせていて、賑やかな声が聞こえてきました。沖に向かうと霧がいっそう深くなり、景色はまるで水墨画のようでした。

 遊覧船のガイドの女性は、点在する島の説明をしながら小学生に向けて東日本大震災の話をしました。大津波で島の形が変わったことや、瑞巌寺が避難所になったこと、身近な人たちを亡くしたことなど、方言を交えて語り、その話に涙を浮かべる人もいました。震災からの復興がさらに進むことを願いながら船を降りました。

 松島を後にし、この日宿泊する山形県の ‟蔵王温泉”を目指しました。冬の樹氷で名高い ‟蔵王”は宮城県と山形県にまたがる蔵王連峰の総称で、山形県側にある蔵王は ‟山形蔵王”と呼ばれています。私たちが泊まったホテルは、山形蔵王の中腹・標高900mにある木々に囲まれた静かな場所でした。ゆったりと温泉に浸かって汗を流し、1日の疲れを癒しました。

 翌朝、出発前に皆で記念写真を撮ろうと玄関に出ると、なんと、目の前に日本カモシカが現れ、慌ててカメラを向けました。ホテルの人の話では、カモシカが玄関先までくるのは「たいへん珍しい」とのこと。私たちに姿を見せた後、悠々と山に戻っていきました。旅行2日目の ‟朝の珍事”に皆、大喜びしました。

 この日は、山形県尾花沢市にある ‟銀山温泉”と山形市の ‟立石寺(りっしゃく)”を訪ねました。銀山温泉は、近くに江戸時代の初めまで採掘が行われた ‟延沢銀山”があった所です。閉山した後は湯治場として賑わいました。温泉街の真ん中を流れる銀山川を挟んで、両岸に大正時代の木造多層建築の旅館が並んでいます。大正ロマン漂う街並みを散策して、当時の雰囲気に浸りました。 

 銀山温泉からバスにゆられて1時間、‟立石寺”に到着。立石寺は天台宗の寺院で、この地方では‟山寺”と呼ばれ信仰を集めています。山全体がお寺になっていて、奥之院まで1015段の石段が続き、途中に納経堂や五大堂などのお堂が点在していました。半分ほど登った所に ‟せみ塚”があり、芭蕉がここを訪れて詠んだ「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」という有名な俳句の短冊が納められていました。バスガイドの話では、いつの頃か「この蝉は何蝉だったのか?」という論争が起きて、協議の末に ‟ニイニイ蝉”に落ち着いたのだとか。

 元気で明るいガイドさんは、この話の後で山形民謡の ‟花笠音頭”を披露し、私たちを大いに楽しませてくれました。郷土を愛するガイドさんの話に耳を傾けながら、山形県から福島県に移動して宿に向いました。ホテルに着いて部屋から外を眺めると、遠くに ‟猪苗代湖”が見えました。

 旅行の最終日は、福島県会津若松市の ‟鶴ヶ城”と、南会津にある ‟大内宿”を訪ねました。鶴ヶ城は幕末の戊辰戦争で壮絶な籠城戦があった所です。この日は梅雨時とは思えないほどの晴天になり、天守の赤瓦が空に映えていました。戊辰戦争の後に城は解体され、90年後の昭和40年に市民の支援を得て再建されました。内部は歴代の城主や会津ゆかりの人々、会津の歴史などを伝える郷土史博物館になっていました。天守から、会津若松市の街並みや ‟磐梯山(ばんだいさん)”が見えました。

 鶴ヶ城を後に一旦バスを降りて、会津鉄道で ‟西若松駅”から大内宿の玄関口 ‟湯之上温泉駅”まで乗車。僅かな時間、のどかなローカル線の旅を楽しみました。

 大内宿は江戸時代に宿場町として栄えた所です。道の両側に44戸の茅葺屋根の民家が並び、当時の面影をそのまま残しています。全体を一望する高台まで登って景観を楽しみました。大内宿の見学を終えて郡山まで移動し、岐路につきました。今回の旅も、多くの風物に触れて皆で感動を共有することができました。

 バスの車窓から見た南東北は、広々とした水田が続き、海や山の幸にも恵まれた豊かな地域でした。出会った人たちには、未曾有の震災を乗り越えてきた力強さとたくましさがありました。それは南東北の風土の中で培った特性のようにも感じました。旅行を終えて、南東北が一気に身近な場所になりました。

姫路城・大塚国際美術館

 新緑がまぶしい5月の初め、二班に分かれて1泊2日の旅行に出かけました。

 行先は、兵庫県にある世界遺産の‟姫路城”と、徳島県鳴門市の‟大塚国際美術館”です。どちらも以前から一度は訪れてみたいと、皆楽しみにしていました。

 ‟姫路城”は誰もが知る日本の名城で、小高い丘の上に建つ白亜の城は別名「白鷺城」とも呼ばれ、国宝に指定されています。‟大塚国際美術館”は、大塚製薬が1998年に創立75周年を記念して造った世界初の陶板名画美術館です。陶板に再現された原寸大の世界の名画が1000点以上展示されています。

 出発の日は ‟五月晴れ” となり、旅への期待が一気に高まりました。名古屋駅から近鉄特急 ‟ひのとり” に乗り大阪へ、そこからバスで ‟姫路城” を目指しました。

 12時、姫路城の ‟大手門駐車場” に到着。バスの車窓から青空に映える白い天守が見え、入口の大手門にはたくさんの人たちの姿がありました。姫路城は、大天守をとり囲む3つの小天守と、4つの渡り櫓(わたりやぐら)からなる城郭建築で、スケールの大きさや美しさは、現存する城の中でも圧倒的な存在感を放っています。昭和と平成に大規模な修理を重ね、400年前の姿を今に伝えています。1993年には、日本で初めて世界文化遺産に登録されました。

 心を踊らせながら大手門をくぐり、立派な櫓(やぐら)を持つ ‟菱の門(ひしのもん)” を通って城内に入りました。左右に白漆喰(しろしっくい)の壁が続き、そこに丸や角型に切り取られた狙撃用の狭間(さま)がいくつも開けられていて、優美なこの城も戦に備えた要塞だったことを物語っていました。

 石垣の間を縫うように通路は少しずつ狭くなり、さまざまな石を積み上げた石垣の上に建つ櫓の軒裏(のきうら)にも白い漆喰が施されています。漆喰は城の壁を白く飾るだけでなく、防火の役割も果たしています。昔の雰囲気を留める石垣や天守を見上げていると、この城の城主だった黒田官兵衛や羽柴秀吉、池田輝政といった名だたる武将たちの思いが伝わってくるようでした。

 地下1階、5層6階建ての大天守の内部に入ると、中は広くひんやりとしています。急な階段が最上階の天守まで続き、大勢の観光客と一緒に一段ずつ慎重に登りました。どの階にも黒光りする太い柱や天井を支える立派な梁があって、目を見張りました。壁には槍や火縄銃を保管した武具掛けや武者隠しが設けられていました。ようやく天守にたどり着くと、そこもたくさんの人であふれていて身動きできないほど。天守の中を一回りして、明るい光が差し込む窓から姫路の街並みを見おろしました。幾多の戦火をまぬがれ、当時の姿を留めてきた姫路城は、私たちをひと時、歴史の中に引き込み魅了してくれました。

 姫路城の見学を終えて、4時に宿泊する神戸に到着。ホテルの近くにある異人館や中華街を巡り夕食をとりました。その後、花々や植物が植えられたフラワーロードを通ってメリケンパークまで歩きました。メリケンパークは神戸港の真ん中にある公園で、夜になっても多くの人たちで賑わっていました。皆でライトアップされた ‟神戸ポートタワー” に登り、そこから異国情緒を残す神戸港の夜景を楽しみました。

 翌日も天候に恵まれ、朝8時半にホテルを出発。神戸から‟明石海峡大橋”を通って淡路島を縦断し、‟大塚国際美術館”に向いました。淡路島に入ると一面に新緑が広がり、まるで私たちを歓迎してくれているようでした。淡路島から徳島県につながる ‟大鳴門橋(おおなるときょう)” を渡ると、海峡には渦潮が見えました。橋を渡り終えるころには、木々に埋もれるようにして建つ美術館が見えてきました。

10時に ‟大塚国際美術館” に到着。入口から長いエスカレーターでエントランスまで上がりました。このエントランスは美術館の建物の地下3階にあたり、地上2階まで各階ごとに「古代・中世」「ルネッサンス・バロック」「近代・現代」と時代を分けて、1000点以上の絵画が展示されています。皆音声案内のイヤホンを借りて、一つも見落とさないようにと、名画鑑賞をスタートしました。

 初めに、エントランスの正面にある ‟システィーナ礼拝堂” を見学。ミケランジェロが描いた天井画や壁画だけでなく、礼拝堂全体がそのまま再現されていて、圧巻の見応えでした。階を上がるごとに有名な絵画がフロア全体に隙間なく展示されていて、時間の経つのを忘れました。

 人気の高い‟モナリザ”やゴッホの‟ひまわり”、フェルメールの絵の前には多くの人たちが見入っていました。私たちもすかさずカメラにおさめました。展示されている絵画は、どれも筆遣いまで忠実に再現されていて、驚くことに指で触れることもできました。古代の壁画から現代アートまで一気に観ることで、絵画の変遷を辿れるのは、この美術館の大きな魅力の一つです。集合時間までたっぷりと名画を鑑賞し、充実した1日を過ごすことができました。

 陶板に再現された名画は、2000年先も色あせることなく美しい色彩を保ち続けると言います。「人々のために役に立つものを残したい」という創業者の願いが、歪みのない陶板に名画を転写するという画期的な技術とともに、世界に類のない‟陶板名画美術館”を実現させました。たくさんの名画を堪能し、満足感に浸りながら岐路に着きました。

 今回の旅は、日本を代表する名城と世界の名画を鑑賞し、日常では味わえない豊かな時間を過ごしました。皆で感動を共有し、新たなエネルギーをたっぷりと充電することができました。