

先月、昭和のコメディを築いた“クレイジーキャッツ”の谷啓さんが亡くなり、家族葬を行うというニュースが報じられました。ここ数年、谷さんのような有名人であっても盛大な葬式を行わないケースがとても増えています。そうした影響もあって、最近ではいろいろなスタイルの葬式が登場し、時代の流れとともに長い間守ってきた慣習も少しずつ変わりつつあるのを感じます。
誰でもそうでしようが、若い時には「死ぬ」ということなどほとんど考えません。それが年をとり、身内の死を経験したり、老いを感じ始めたりすると、グッと身近な問題になってきます。「死はかならずやってくるもの。配偶者の葬式はどうしようか? 自分の葬式やお墓はどうしようか?」 皆さんの中にもそう考えている方がいらっしゃるのではないでしょうか。今回は“葬式”について、私たちの考えを少し述べてみたいと思います。

皆さんは“葬式”というと、どんなイメージを持たれるでしょうか。おそらく「費用が高い!」と思われる方が多いのではないかと思います。それもそのはず、2007年に行われた日本消費者協会のアンケートでは、葬式費用の全国平均が231万円だそうです。よく高齢者から「自分の葬式代として300万円を準備している」という話を聞きますから、こうした金額にも頷けます。
しかしこの金額、驚くことにダントツの世界一だそうです。イギリスでは12.3万円、ドイツでは19.8万円、お隣の韓国でも37.3万円、消費大国のアメリカですら44.4万円といいます。日本人が当たり前と思っている葬式代が、実は世界の常識から随分ずれているのがわかります。
とはいっても、死は突然にやってきますから、事前にどういう葬式を行うかを決めていればいいですが、多くの場合はあたふたと葬儀屋さんにお任せするのが普通です。葬儀屋さんはその家の宗教や格・故人や喪主の業績などを考慮して、その家に相応しいスタイルやランクを段取りよく勧めてくれます。 “分相応”の葬式、喪主が世間的に恥をかかないような葬式を準備してくれるわけです。ほとんどの人は「恥ずかしくない葬式をしたい」と思っていますから、高額になるのも無理はありません。葬式には、日本人の“世間体”を気にする体質がよく表れています。また経済発展で国民が豊かになり、「人生最後の葬式を盛大にやってもらいたい・やってあげたい」と願う、豊かさに伴った贅沢心や見栄が葬式にも反映しているといえます。

それが最近では、少しずつ葬式スタイルに変化が現れてきています。先日のNHKのニュースでは「今年行なわれた消費者アンケートで、葬式費用の全国平均が20年ぶりに200万円を切った」と報じていました。経済不況や高齢化という理由から、「葬式にはできるだけお金をかけたくない」「見栄のために多額のお金をかけるのは無駄」という人が増え、以前のような派手な葬式ではなく質素な葬式を希望したり、身内だけによる家族葬に人気が高まっています。また今では、火葬だけを行う“直葬”や故人の好きだった音楽を流す“音楽葬”、生前のビデオを鑑賞する“ビデオ葬”、また生前に行う“生前葬”など、さまざまな葬式が登場しています。
しかし、こうした宗教色を排除し故人や喪主の望み通りの葬式をしても、遺族にとっての死別の悲しみは何も変わりません。どんなにモダンな葬式をしても、大切な人を失った悲しみまでは癒されません。遺族の中には後になって「あれで本当によかったのだろうか、ちゃんと成仏しただろうか……?」と心を痛める人もいるといいます。単にお金をかけなければいいとか、故人の望みだからという理由だけでは、遺族の心は整理されないようです。質素な葬式に変わりつつあるのはとてもよいことだと思いますが、同時に日本人の“死生観”が問われてきているのを感じます。

以前NHKで放送された『クローズアップ現代』で、“葬式”について取り上げていました。その番組の中で出演者の山折哲雄氏(哲学者)が、次のように述べていました。
「戦後間もなくの頃は、葬式のことを“葬送”と言っていたと思います。死に行く人を送る この「送る」ということを非常に強調していました。どこに送るかといえば、天国であったり、浄土であったり。何があの世に向かうかというと、魂であったり、霊魂であったり そういう漠然とした考え方から“葬送”という言葉を使ってきたと思います。それがある時期から“告別”という言い方に変わってしまいました。告別式という「別れ」に強調点を置いた儀式だと思います。だから、どこに送るのか、何があの世に行くのかということよりも、別れることの悲しみ・苦しみが強く意識されるようになってきました」
山折氏の言葉を通して、葬式の意味が“送る儀式”から“別れの儀式”に、中心が“故人”から“生きている人間”に変わってきたことがわかります。私たちも、葬式は“あの世に送る儀式”と考えています。形式はどうあれ、「あの世に送ってあげる」という気持ちが大切だと思います。ですから私たちが葬式に参列した際には、故人に手を合わせて 「やっと自由の身になりましたね。ご苦労様でした。地上に未練を残さず、守護霊と一緒に霊界(あの世)に帰ってください」と、心の中で語りかけます。周りの人たちは別れを悲しんでいますが、私たちは故人が地上人生を終え、霊界という本来の住処に帰ることを心から喜んでいます。白い鳩がカゴから放たれ大空に飛び立っていくように、肉体を脱ぎ捨て軽やかになった知人が霊界に旅立っていく姿を想い描くのです。
ちなみに、私たち自身の葬式はといえば、もちろん質素を旨とする私たちですから、家族葬か直葬を望んでいます。また遺骨も散骨でいいと思っています。霊界に行くだけですから、「葬式も墓も必要ない」という考えです。スタッフ全員、そう遺言書に残しておこうと決めています。それによって家族が悩んだり、悲しんだりしないように「死は永遠の別れではない」ということも、しっかりと伝えておこうと思っています。
とはいっても、まだまだ葬式重視の親戚縁者が多くいる中で、実際はどうなることでしょうか……。

皆さんは、どういうお葬式を希望されますか?