

この度の“東日本大震災”では、数多くの尊い命が失われ、私たちの想像を遥かに超える大惨事となりました。特に津波による被害は甚大で、一瞬のうちに家や車などすべてのものを押し潰し、いくつもの町が壊滅状態になってしまいました。物質文明がこれだけ発達した現代であっても、自然の威力を前にして、人間とは何と無力なものであるのかと、改めて実感させられました。日を追って明らかになる惨状に言葉を失い、テレビの前から離れることができませんでした。破壊しつくされた町の様子をただ呆然と眺めている人々や瓦礫の中からひたすら家族の遺品を探している人々、また生徒の3分の2以上の子供たちが亡くなった大川小学校の先生方の悲痛を思うと、本当に胸が締めつけられます。今回の大地震は、大半の日本人にこれまで味わったことがないような衝撃と試練をもたらしました。
健康フレンドのスタッフの一人も、女川町にいる親戚の安否が分からず心配していました。1週間後にやっと全員無事であるとの連絡が入り、皆、ホッと胸をなでおろしました。そのスタッフの話によると、漁師をしている叔父さんは津波が来るとわかると、とっさの判断であえて船で沖に出たそうです。そして2日間、海で待機してから島に戻り、自衛隊のヘリコプターに救助されたということです。
大地震のニュースは即座に海外にも伝わり、その日の夜にはイギリス人の友人から安否を気遣うメールが届きました。イギリスでも日本の津波の映像が何度も報じられたそうです。友人のメールには「日本は強く・気高く・誇り高い国です。日本人はこの試練を必ず乗り越えていけるはず。しばらくの間はこの苦難に耐えていかなければなりませんが、世界中の人々が日本人のために祈っています」という心のこもった言葉が綴られていました。

今回の地震ほど、日本国民一人一人が「他人事ではない」と感じた災害はなかったのではないでしょうか。少ない水と食料を皆で分け合い、じっと寒さに耐えている被災地の人々を見て、多くの日本人が、すぐにでも助けてあげたいのにどうすることもできないジレンマと無力さを感じました。それは、物質的な豊かさに満足して他人のことに関心を持つことがなかった多くの日本人にとって、被災者の苦しみを自分のことのように感じた瞬間でもありました。
今、日本の各地で「自分にできることをやりたい」「被災者の痛みを分かち合いたい」という声が高まっています。「少しでも困っている人の役に立ちたい」という“利他愛”と“奉仕精神”が湧き起こり、全国各地で募金活動が行われています。
震災という辛い出来事は、起きない方がいいに決まっていますが、視点をかえて眺めてみると、それは人間に“崇高な精神”を呼び起こしてくれるチャンスであることが分かります。これまで日本人は、ひたすら経済発展と物質的豊かさだけを追い求めてきました。「モノこそすべて」という考え方が日本人の心を支配し、戦前には誰もが当たり前に持っていた人間の尊厳性を失ってしまいました。しかしこの未曽有の試練によって、すべての日本人の心が揺り動かされ、“奉仕精神・助け合いの精神”が呼び戻されることになりました。日本人の中に眠っていた「真の同胞愛」が目覚めることになりました。奉仕精神こそ、まさに日本が世界に誇るべき精神的な宝であり、人間が持つべき最も次元の高い霊的資質なのです。
今後日本人は、今回の大震災で目覚めた「真の利他愛の精神」を、世界中の人々に手本として示していく使命があるように思われます。
大震災で犠牲となられた方々には、心から深く同情いたします。不自由な生活を強いられている人々に、一刻も早く最低限の生活必需品が整えられることを願っています。そして今、被災者の救済に全力で取り組んでいる自衛隊や消防や警察の方々、また自治体関係者の皆さまに、本当に感謝しています。私たちの代わりに、率先して困難を引き受けてくださっているからです。

犠牲になった多くの方々の苦しみが、日本人全体の精神的向上のきっかけとなるなら、それは人間としてかけがえのない価値ある貢献をしたことになるものと思います。霊的視点から見たとき、震災で亡くなられた方々には、あの世において必ず“肉体の死”という尊い犠牲に見合った大きな恩恵が与えられるようになるものと確信しています。
これを機に、日本国民一人一人の心に“奉仕精神”がしっかりと根づき、物質中心の生き方から「精神中心・心の成長中心」の生き方へと方向を変えるようになることを、切に願っています。