NO.203
   2017/05/04  
  これまでたびたび、人間に健康と長寿をもたらす「正しい食事」と、反対に病気と短命をもたらす「間違った食事」について述べてきました。正しい食事とは「植物性食品中心の食事」、つまり肉などの動物性食品を摂らない “菜食主義(ベジタリズム)” です。
今回は、この “菜食主義” と “肉食” について少し述べてみたいと思います。
 


     

  世界にはインドのように宗教上の理由から、また健康や美容のために菜食主義を選んでいる人(ベジタリアン)が多くいます。最近では、特にセレブの間で “ベジタリアン” がステータスとなり、マドンナやブラッドピットやトムクルーズなどがよく知られています。
一方、日本はというと、そうした人たちの影響を受けて少しずつベジタリアンが増えてきていますが、大半の人はまだ「肉を食べないと健康になれない」と考えています。そのため “ベジタリアン” と言うと、偏見の目で見られることもあります。
しかし、日本で肉食が当たり前になったのは戦後のこと。長年、仏教の影響で動物の殺生や肉食が禁じられていたため、日本人のほとんどは菜食中心の食事、ベジタリアンでした。明治維新以降には肉食が奨励されるようになりましたが、明治末期においても肉類や魚介類の消費はごくわずかでした。

一口にベジタリアンと言っても、さまざまなタイプがあります。肉はもちろんのこと牛乳・乳製品・卵など、一切の動物性食品を排除する厳格な菜食主義者を “ヴィーガン” と言います。また肉は摂取しないが、牛乳・乳製品は摂取する人を “ラクト・ベジタリアン”、卵は摂取する人を “オボ・ベジタリアン”、牛乳・乳製品と卵を摂取する人を “ラクト・オボ・ベジタリアン” と言います。現在、欧米のベジタリアンのほぼ90%がこのラクト・オボ・ベジタリアンで、ヴィーガンはごく一部と言われています。
一方、家畜などの動物の肉は摂らないが魚介類・牛乳・乳製品・卵は摂るという人を “ぺスコ・ベジタリアン” と言います。日本人の場合、長年このぺスコ・ベジタリアンの道を歩んできたことになりますが、昔は牛乳・乳製品・卵などはめったに手に入らなかったため、一部の人しか摂ることができませんでした。ホリスティク栄養学では、このぺスコ・ベジタリアンをすすめています。
これらを図に表すと、次のようになります。
 

     
   一般的には、菜食主義・ベジタリアンは健康的であると考えられていますが、実際には必ずしもそうとは言えません。摂り方しだいで “正しい菜食主義” にも、“間違った菜食主義” にもなってしまいます。例えば、厳格なヴィーガンであっても、大量の油や砂糖を摂っていたり、精製度の高い炭水化物(白いパンや白米)を摂り、野菜や果物をたっぷり摂っていなければ、健康的な食事とは言えません。
また、肉を食べない代わりに牛乳・乳製品や卵を多量に摂取していれば、動物性タンパク質と動物性脂肪の摂取量は、肉食をしている人と大差はありません。これでは決して健康を手にすることはできません。残念なことに世界のベジタリアンの多くが、こうした間違った菜食主義に陥っています。
 
   菜食主義において重要なことは     「動物性食品を摂らない(摂ってもごく少量)」「無精製穀物を主食とする」「野菜・豆類・果物をたっぷり摂る」「多量の脂質・油・砂糖を摂らない」ということです。こうした食事内容であってこそ “正しい菜食主義”・“健康的な食事” と言えるのです。    

     

  肉食が引き起こしている問題は、健康面についてだけではありません。人類の悲劇とも言える「貧困・飢餓」の問題に、肉食は深く関わっています。
現在、世界では8億9600万人(*2012年、世界人口の12.7%)もの人が十分な食料を手にすることができず、飢えの状態で毎日を過ごしています。その原因は食べる物がないわけではなく、大地の恵みである穀物が不公平に分配されているからです。
その証拠に、世界の穀物生産量は約21億トンで、すべての人間が十分に食べられるだけの穀物が生産されています。しかしその使われ方を見ると、人間が直接食べる量は約10億トン(48%)、家畜の飼料に約7.35億トン(35%)、残りはバイオ燃料などに使われています。穀物の多くが人間ではなく、家畜に与えられているのです。牛肉1kgを生産するのに必要とされる穀物の量は約11kg、豚肉では7kg、鶏肉では4kgと言われています。日本でも、大量の穀物を輸入していますが、その半分以上が家畜などの飼料用として消費されています。
本来、地球が生み出す大地の恵みは、人類に公平に分配されるべきものです。それが肉食によって、お金のある先進諸国の人々に優先的に回され、貧しい国々の人たちには行きわたりません。もし、世界の穀物を家畜の餌に回すようなことをせず、貧しい国々にも平等に分配するようになれば、飢餓の問題はたちどころに解決されるはずです。
 
    私たちは、地球上に生をうけた人間が決して飢えて死ぬようなことがあってはならないと思っています。「貧困・飢餓」は、誰もが1日も早く解決してほしいと願っている深刻な問題です。しかし、動物虐待や環境問題・人権問題を声高に説いている人でさえも、当然のように肉食をしていることに矛盾を感じずにはいられません。多くの人が肉食をすることで、気づかないうちに加害者になっているのです。  


     

  肉食の間違いについて貧困の問題から述べましたが、私たちが肉食に反対するのには、もう一つ大きな理由があります。それは「生命はすべて神のものであり、人間が勝手にそれを奪うことは許されていない」ということです。地球上のすべての生物は神から生命を与えられ、人間と同じように生存権を有しています。他人の生命を奪う殺人が罪であるように、動物を食べるために殺すことは明らかに間違っています。
畜産業では、動物を早く太らせるために身動きもとれないような狭い場所に閉じ込めて育て、容赦なく殺します。病気に罹らないように抗生物質が入った餌を食べさせられ、一生外に出ることを許されない動物もいます。
皆さんも覚えていらっしゃることと思いますが、ヨーロッパで “狂牛病” が発生した際に大量の牛が殺され、廃棄処分されました。その様子はまるで、第2次世界大戦のナチスドイツが行ったユダヤ人の虐殺シーンのようで、今でも目に焼き付いています。また今年も、日本の各地で鳥インフルエンザが発生し、すでに60万羽以上もの鶏が殺処分されました。こうしたニュースが報じられるたびに、“人間のエゴ” による罪の大きさを思わずにはいられません。
多くの人は、人間の欲望のために家畜が殺されることは仕方のないことと考えています。犬や猫が虐待されたり、殺されると心が痛むのに、家畜が殺されても何も感じていません。家畜は人間のために存在していると思っているのです。
 
   私たちは、ペットを家族として愛するように、人間はすべての動物を愛し、援助する責任があると考えています。それが動物より進化し、動物を愛する立場にある人間に与えられた義務であると思っています。どんなに医学が発展しても、またどれほど素晴らしい健康法が開発されても、人間が “肉食” を続けるかぎり(罪を犯しているかぎり)、決して健康を手にすることはできないでしょう。
とは言え、人々の常識として定着してしまった “肉食” を、今すぐに廃止することはできません。今後長い時をかけて、人々の心が成長していくにしたがって、肉食も徐々に減少していくものと考えています。
   


     
     ※「肉食は生命を奪うから間違っている」と言うと、「ではどうして、魚は食べていいのだろうか?」「家畜と魚の違いは何だろうか?」と、疑問に思う方がいらっしゃるのではないでしょうか。
それは牛や豚などの哺乳動物と魚とでは、意識レベルが全く異なるからです。哺乳動物は人間に近い高次元の自意識を持っているため、人間との愛情関係をつくることができます。こうした自意識を持った動物は死に直面すると “殺される” と感じ、恐怖を抱きます。人間と同じように動物も、痛みや苦しみ・恐怖を感じているのです。
それに対して、哺乳動物以外の大半の動物(魚介類・両生類・爬虫類・昆虫など)は、そうした意識は持っていません。「ホリスティック栄養学」ではこうした意識の違いから、魚介類を食品として認めています。だからといって多量に摂取してもいいということではなく、あくまで「自然の恵みとして少量の魚介類」をすすめています。
また、家畜が生み出す牛乳・乳製品・卵も「自然の摂理」に適った状況で生み出されたものなら食品として認め、少量であればよしとしています。ただし現在のような “人間のエゴ” による大量生産システムの中で搾取・虐待によって生み出されたものは不自然な食品と見なし、その摂取は認めていません。