NO.202
   2017/03/29  
   昨年の2月、私たちはロマン溢れる “熊野古道・伊勢路” の “馬越峠” を歩き、すっかり熊野の自然と石畳の美しさに魅了され、「近いうちにまた来ようね!」と話し合っていました。今年になり早速、熊野古道を歩くプランを立て、今回はもう少し足を延ばして、1泊2日の日程で熊野の名所を巡ることにしました。
1日目は、“熊野古道・伊勢路” の中でかつて最も難関なコースと言われていた世界遺産“八鬼山(やきやま627m)越え” に挑戦。2日目は、観光地として大人気の “丸山千枚田” と、隠れた名勝地 “楯ヶ崎(たてがさき)” を訪れます。日程は2月27日〜28日。下見をしたスタッフから「今まで見たことのない景色にビックリするわよ!」と聞いていたので、その日が来るのを心待ちにしていました。
2月27日、心配した天気も好転し、まだ暗い中、弾む心を抑えて豊橋を出発しました。
 


     
     午前7時20分、八鬼山への登り口 “献燈所” に到着。再び熊野古道の石畳みを歩くかと思うとワクワク、みんなの顔から笑みがこぼれ、元気に歩き始めました。すると、古道の横の斜面一帯を覆いつくすほどたくさんの太陽光パネルが現れ、ちょっと興ざめ。その時、「見て、天狗倉山よ!」という大きな声、みんな一斉に後ろを振り返ると、こんもりとした山が見え、昨年登った時の感動が蘇ってきました。
 杉木立の中、美しい石畳みを黙々と登っていくと7時55分、藩主たちが駕籠を止めて休んだ “駕籠立場(かごたてば)” に到着。ここで衣類を調整し、この先に続く急勾配に備えます。
昔、“八鬼山越え” は巡礼者たちから「石の上を歩く西国一の難所」と恐れられていました。それは山の険しさと雨量の多さだけでなく、山賊や狼が出没して旅人を苦しめたためと伝えられています。この峠では行倒れた人たちが多く、古道の傍らには村人によって “行倒れ供養碑” がいくつも建てられています。かつては距離の目安だったという小さなお地蔵さんもひっそりと佇んでいて、私たちを見守ってくれているようでした。
 
  8時20分、一番の難所 “七曲り” と呼ばれるつづら折りの急登に差しかかりました。「結構キツイわね!」と言いながら、曲り角の数を数えて必死に登ります。難所と言われる所以が、よく分かりました。    

     
   9時5分、“九木峠(522m)” で小休憩。薄暗い杉木立の間には、それまであまり見られなかった大きな岩が点在しています。さらに登っていくと9時40分、“八鬼山” の頂上に到着。そこは木々が生い茂った中に大きな石と “八鬼山” の標識があるだけ、写真撮影をして先に進みました。20分ほど歩き続けると、突然目の前が開けて、広い芝生の “さくらの森広場” に到着。みんな「ヤッター!」と大きな歓声。そこからの眺めは最高、雄大な熊野灘と入り組んだ海岸線や島々の景色に「すごい!」と感嘆の声があがりました。
“さくらの森広場” には東屋やベンチが置かれていて、みんな思い思いにリラックス。春を思わせる温かな日差しを浴びながら、ゆっくりと疲れを癒しました。
 
  熊野灘を心ゆくまで堪能し、10時50分、下山開始。杉林の中、石畳みの道をたどってひたすら下っていきます。途中、杉の木の表面に白いペンキで「世界遺産反対」の文字、これではせっかくの世界遺産も台なし。
熊野の自然と石畳みの美をたっぷりと味わい、午後1時、“三木里海岸” に到着。全行程約5時間半を無事に歩き通すことができました。目の前に広がるコバルトグリーンの海がとてもきれいで、疲れが一気に吹き飛びました。
 
  三木里海岸の白い砂浜から海の中まで広い桟橋が架けられていて、そこから海を覗きこむと、あまりの深さと透明度にビックリ! 思わず「ここでシュノーケリングができるかしら」と、目を輝かせているスタッフ。大海原をバックに数人が歌いだし、静かな海岸に歌声が響いていました。  
  三木里海岸を後にし、車で “鬼ヶ城” のすぐ近くにあるホテルに向かいます。チェックインにはまだ少し時間があったので、“鬼ヶ城城跡(153m)” に登ることにしました。さほど高くない山だったので楽に登れるだろうと思っていたら、予想以上の急登、みんな息を切らして必死。遊歩道の脇にはたくさんの桜の木が植えられていて、桜の名所としても知られています。「鬼の見晴台」と名前のついた展望台から真っ青な熊野灘が一望でき、みんな「きれい!」と見とれていました。 城跡を下り、“鬼ヶ城センター” に足を運ぶと、昨年は通れなかった “鬼ヶ城周回道” が復旧しているとのこと。明日の朝、予定にはなかった周回道を巡ることにしました。    

     
  2日目の朝も快晴。7時25分、“鬼ヶ城” に向けて出発しました。サメの口のような岩の入り口をくぐり、朝日を浴びて赤く染まった海岸線の遊歩道を歩きます。熊野灘の荒波に削られてできた蜂の巣状の岩肌は、何度見ても衝撃的! 静かな大海原とそそり立つ奇岩の壁は、見ごたえ十分。すると突然、先頭のスタッフの悲鳴が聞こえ、何と、丸々としたアライグマが顔から血を流して死んでいました。野生のアライグマを見たのは初めてでした。
遊歩道には、岩の窪みを風呂桶に見立てた “鬼の風呂桶”、かつて七里御浜を見張るのに絶好の場所だったという “鬼の見張場”、巨大な洗濯板のような “鬼の洗濯場” など、おもしろいネーミングの岩があり、見飽きることがありませんでした。昨年はほんの入り口までしか見られなかった鬼ヶ城を、今回は全部見ることができて、本当にラッキーでした。
 
     


       
   次の目的地は “丸山千枚田”。のどかな風景に心癒されながら車を走らせ、9時10分、“熊野古道・通り峠登り口” に到着。そこから “丸山千枚田展望台” を目指します。昨日同様、杉木立の中、石畳みの階段をひたすら登ります。“通り峠” からは170段の階段、「ヤッホー!」と声をかけ合いながら登りました。
9時55分、“丸山千枚田展望台” に到着。眼下には、山々に囲まれた日本一とも言われる棚田が広がり、まるで航空写真を見ているよう。多くの棚田がつくり出す美しさは芸術的で、思わずため息が出るほど。約400年前には2240枚あった棚田も、一時は荒れ果てて見る影もなかったそうですが、現在は1340枚にまで復活しています。枯れ草色の美しい景色を眺めながら、棚田を蘇らせた人々の苦労に思いを馳せました。
 
  展望台を下ってしばらく歩き、10時30分、“丸山千枚田下り口” に到着。今度は千枚田を間近に見て回ります。棚田の周囲にはシカやイノシシよけの電線が張られていて、ここでも野生動物による被害の大きさがうかがえました。
丸山千枚田の中を下っていくと、大小さまざまな形の棚田が延々と続いていて、中には数本の苗しか植えられないほどのごく小さな田んぼもありました。機械化農業が当たり前の時代に、手作業で棚田を守っている人たちの苦労を思いながら、美しい棚田をゆっくりと見て歩きました。梅が咲き、ウグイスが「ホ−ホケキョ」と鳴き、まるでここだけ時間が止まったような、何とものどかな風景でした。ふと見ると、水が張られた田んぼの中で小さなオタマジャクシを発見、春の訪れを実感しました。
 
  普段は観光客で賑わうそうですが、この日は訪れる人の姿はなく、村人もほとんど見かけませんでした。ただ一人、遠くで田を耕している女性が思いがけず手を振ってくれ、私たちも大きく手を振って応えました。
丸山千枚田を下りきり、後ろを振り返ると、どこまでも棚田が続いていて、まさに圧巻。季節や時間によってさまざまに変化していく千枚田の風景、また違う季節にも訪れてみたいと心から思いました。
 
     


     
     午後1時15分、最後の目的地 “楯ヶ崎(たてがさき)” に向かいます。ここはまだあまり知られていない名勝地。“楯ヶ崎” へは、国道沿いの駐車場から歩いて約45分、海に向かって遊歩道が通っています。長い石段をひたすら下り、海岸近くの “阿古師神社” を過ぎると、今度は上り坂。予想外のアップダウンに、「まだかなぁ〜」とつぶやきながら歩き続けます。すると突然、“千畳敷” と呼ばれる大きな岩を敷き詰めたような海岸に出ます。さらに進むと、巨大な楯を海に突き立てたような形の島が現れ、これまで見たことのない大迫力の絶景に、思わず「おー!これが楯ヶ埼ね」と感動の声。穏やかな海と荒々しくも美しい岩壁、打ち寄せる波に目が釘付けになりました。空にはピーヒョロ、ヒョロとトンビが何羽も飛び交い、ここでしか見られない景色を堪能しました。あっという間に時が経ち、後ろ髪を引かれる思いで楯ヶ崎をあとにしました。
アップダウンのきつい遊歩道には、真っ赤なヤブツバキの花が落ちていたり、原生林には巨木がいっぱい、自然を味わいながら駐車場に戻ってきました。出発から約2時間、疲れてはいましたが、みんなの顔は充実感に満ちていました。
 
   トレッキングをかねた今回の小旅行は2日間とも天気に恵まれ、変化に富んだ熊野の海と山の自然を満喫し、たくさんの思い出をつくることができました。皆さんも一度、訪ねてみてはいかがでしょうか。予想を超えた絶景に出会えるものと思います。