NO.113
2016.06.30

  4月末、産経新聞に衝撃的な内容の記事が掲載されました。『「薬価」 の危機迫られる選択』と題して、「高額な新薬が国の医療費を跳ね上げ、財政危機を招きかねない」 というのです。新薬の開発によって画期的な薬が続々と登場して医療費を圧迫、限られた財政の中で何を選び何を捨てるのか、早急な国の対策と国民の選択が迫られています。
 今回は、この記事を少しご紹介したいと思います。

 




  記事によると4月4日、霞が関財務省会議室で財政制度等審議会が行われ、そこで日本赤十字社医療センター化学療法科の国頭英夫部長が、「国家の存亡」 について熱弁をふるったとのこと。この日のテーマは「ガン治療のコスト」、国頭氏はガン治療薬 “オプジーボ(一般名ニボルマブ)” を挙げ、「この1剤を契機にして、国が滅びかねない」 と、危機感をあらわにしました。
  “オプジーボ” は、小野薬品工業が平成26年にメラノーマ(悪性黒色腫) の治療薬として製造販売の承認を取得。昨年12月には、切除不能な進行 ・再発の非小細胞肺ガンの治療にも追加承認されました。これまでの抗ガン剤と大きく作用が異なり、患者自身の免疫に働きかけてガンを抑えるという、日本初の画期的な免疫療法薬です。しかも効果持続期間が長く、他のガンへの適応拡大も期待されています。ただし、投与を受けた患者の全員に効果が表れるのではなく、臨床試験での有効は約2割、重い副作用が出ることもあります。また、どの患者に効果があるかを事前に見極めることができず、投与後の効果を早い段階で判断するのが難しいという欠点もあります。

 

  問題なのはその価格、体重60kgの患者が1年間26回) オプジーボを使うと、なんと3500万円もかかります。患者の自己負担は 「高額医療制度」 があるため月8万円程度で済み、残りは患者が加入している医療保険と国や自治体の公費で賄われます。
  オプジーボが適用される非小細胞肺ガンの患者は年10万人強、仮に5万人がオプジーボを1年間使うとすると、薬代だけで1兆7500億円かかります。現在の日本の年間医療費は約40兆円で、そのうち約10兆円を薬剤費が占めていますから、それが2割近く跳ね上がる計算です。薬剤費の約4分の1は国費で賄われているため、国頭氏は 「このままだと国が滅びかねない」 と指摘し、価格の値下げや使用制限など対策の必要性を訴えています。


  昨年末、処方薬や治療の価格を決める国の会議(中央社会保険医療協議会) で、こうした事態を回避するために大量に販売されている薬の価格を引き下げるルールが決まりました。今年4月からそのルールが適用されるようになり、今年度は約280億円の国費の節約が可能となり、医療費全体の削減効果は1000億円以上にのぼると言われています。また、厚生労働省は今年度から試行的に、オプジーボなどの高額な治療薬について、薬の費用が効果に見合っているかどうかの検証を始めるそうです。
  ガンの先進治療が高額なのは知っていましたが、こんなにも高い薬があることにビックリ! これでは 「国を滅ぼしかねない」 という危惧も頷けます。消費増税が延期され、財源の増加が断たれた今、“国民皆保険制度” を維持していくために何をどうするのか、国と製薬会社の攻防はますますヒートアップしていきそうです。

 




  一方、医師や患者側にも、こうした薬を使うかどうかの選択が迫られます。その一つとして、日本尊厳死協会副理事長の長尾和宏医師は、治療には “やめどき” があることを述べています。長尾氏は 「高血圧、糖尿病、認知症……、さまざまな薬にはやめどきがある。しかし、今の医療は走るばかりで、止まらない車みたいだ」 と現在のあり方を批判し、医療の受け方や日本人の死生観を見直すべきだと提言しています。
  医師も患者も、治療に真剣であればあるほど、できることはすべてやろうと考えます。「正しい死生観」 がないために 「死は医学の敗北」 と考え、少しでも患者を生き永らえさせる医療が施されています。“やめどき” が語られないまま、医療費は右肩上がりを続けています。

長尾氏は、人生と同様に治療にも引き際が大切で、「やめどきは哲学に近く、患者の生き方や状態で変わってくる。その主導権は医者にあると医師も患者も思い込んでいるが、患者の人生という物語の中で、両者が対話しながら決めていくべきではないか」 と述べています。

私たちも本当にそう思います。命が大切なことは間違いありませんが、こんなにも高価な薬を使ってわずかばかりの延命をすることに、どれほどの価値があるのか疑問です。重要なのは     「限りある時間をどう生き、どう医療と関わり、“死” と向き合っていくか」 ということだと思います。患者や医師はもちろんのこと、日本人一人一人が 「正しい死生観」 を持ってこそ、最適な医療が施されていくのではないでしょうか。





  「死は不幸ではない」      こう言うと、おそらく反感を抱く方がいらっしゃるものと思います。今この時もガンに苦しみ、高額であっても新薬にすがりたいと考えている患者さんや、1日でも長く生きていてほしいと願って延命治療を施している家族の方々にとっては、死は不幸以外の何物でもないかもしれません。
  多くの人は死を恐れ、死を悼み、死について口にすることをタブーとしています。特に子供や若者の死は、最大の不幸であると考えています。しかし “死” は、遅かれ早かれ誰にでも必ず訪れるものであり、避けることはできません。人間だけでなくすべての生き物は、生まれたときから “死” に向かって歩んでいるとも言えます。

 
 

新薬の問題を取り上げた 『週刊新潮』 の中で、曽野綾子さんが     「死ねないのは現世で最高の不幸です。人間の救いは死ねるってことで、永遠に死ねないという刑罰があったら最高刑ですよね」 と話されていました。

 

 

 

私たちも、死は決して不幸なことではないと考えています。むしろ、肉体の重さや痛みから解放される喜ばしい出来事、地上人生を精いっぱい歩んだことに対するご褒美であると思っています。以前も述べましたが、私たちは 「死後の世界(霊界)」 があることを信じています。そしてそこは、今生活している地上よりもずっと素晴らしい所であると理解していますので、死を恐れることはありません。
 

 

  ですから、もし私たちがガンになっても、効くかどうかわからない薬を使って国に大きな負担をかけるようなことは望みません。また、摘出手術や抗ガン剤治療、管に繋がれた延命治療も受けないと決めています。自分に死が訪れたなら、穏やかな気持ちであの世に旅立ちたいと願っています。

 皆さんは、この問題についてどう思われるでしょうか。